5-6

 クラウスは、丸一日、昏々と眠り続けた。

「すみません……昨日の昼には失礼させていただくはずが……」

「いえ! もっとゆっくりしていただきたいくらいです」

 朝食を囲みながら、アンナが明るく笑う。焼き立てのパンと、温かいスープ。庭で採れたハーブのサラダが瑞々みずみずしく彩を添えている。リュカには干し肉が用意され、はぐはぐと頬張っていた。

「そういえば、君たちは西を目指していると、言っていたね」

 ふと、セヴランが水を向ける。

「もしや、《ひつぎの神殿》へ行こうとしているのか?」

「《柩の神殿》……?」

 クラウスが聞き返すと、セヴランは首を横に振った。

「いや、知らないなら良いんだ。君のような青年が行くところではない」

 何でもない、忘れてくれ。

 そう言ってパンを千切ったセヴランの言葉を、クラウスは流さなかった。

「その話、詳しく聞かせてください」

 ベルトランから受け取った地図には、《起源の地》あるいは《果ての地》の可能性がある場所の、大凡おおよその位置は示されていたが、それ以上のことは記されていない。場所を特定するためには、道中で情報を手に入れていかなければならず、どんなに小さなことでも、クラウスには貴重だった。

 真剣なクラウスの瞳に、セヴランは少し気圧されながらうなずき、声を低めて答えた。

「私も、詳しいことまでは知らない。だが、街で医院を開いていた頃、不治の病におかされた患者たちのあいだで広まった、あるうわさがあった」

 ひとつの信仰と言っても良いだろうと、セヴランは続ける。

「ここから西へ四日ほど進んだところに、一年を通して濃い霧に覆われた山がある。ふもとの人々は霊峰と崇めている山だ。その山の中に、知る人ぞ知る、大理石の神殿があるという……そこには巫女がいて、永遠の安楽を望む人々の願いを叶えてくれるのだと」

 ただ……と、セヴランは、そこで一度、言葉を切り、小さく息をついて言った。

「その山の樹海は摩訶不思議で、神殿を探して入った者の中には、どれだけ分け入っても辿り着けず、真直ぐ進んでいたはずなのに、気づけば麓の入り口に戻っているのだという者も多い。山に入って帰らなかった者は、単に遭難しただけではないか、とも……」

「教えていただき、ありがとうございます」

 ベルトランの地図にも、西の果ての山に印があった。その神殿の可能性が高い。

「行くのか」

「はい」

「行ってどうする? 患者たちがおもむく理由とは異なるだろうが……」

「少し、調べたいことがあるのです。そして必ず、無事に戻るつもりでいます」

「そうか……何か深い事情があるのだな。君たちの安全を祈る」

 僅かに目を伏せたセヴランは、そこでふと、思い出したように視線を上げた。

「そういえば、患者たちは、その巫女を、こう呼んでいた……《揺籠ゆりかごの巫女》と」

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