Chapter 3

3-1

 魔法は、その魔法を使う者自身にかけることはできない。


――魔法録 第3章



 * * *



 うららかな春の昼下がり。次の授業の教室へ向かおうと、リュカがクラスメイトと渡り廊下を歩いていると、にわかにアカデミーが騒がしくなった。

「遠征隊が帰還したぞ!」

「勝利の鐘が鳴っている!」

「凄いぞ! 連勝だ!」

 生徒たちが一斉に窓から外を見る。この剣士のアカデミーの中等部の校舎からは、凱旋門から続くメインストリートを一望することができる。紙吹雪と楽団の演奏に迎えられ、遠征隊が悠然と行進していた。

 この国は、元は大陸を統べる大国の下に置かれていた連邦国家のひとつだったが、リュカの生まれるずっと昔に、大国の崩壊とともに独立を宣言した。以来、同じく独立した他国との境では、今日に至るまで、領土を巡る小競り合いが続いている。加えて、各地で起こる魔獣の被害や自然災害に、予め配置している剣士や魔法士の手では足りないときにも、遠征隊は派遣される。そのため、遠征隊に対する国民の信頼は厚く、隊を構成する剣士と魔法士は英雄視されることも多かった。

 王都へ連れられて九年。リュカは十四歳になっていた。あと四年、このアカデミーを卒業すれば、成績次第でリュカも騎士団への入団が認められる。

「あっ! 見ろよ! あそこ! 《双星の魔導師》だ!」

 クラスメイトの声が弾む。騎士団の列の後に、魔法士の一団が続いていた。その中でも際立った雰囲気をまとう二人の姿に、リュカの目がとまる。

 白と黒の、対のローブ。歳はリュカより一回りほど上だろう。攻撃魔法を専門とする、双子の魔導師だ。王都最強の武器とうたわれる彼らを知らない者はいない。

 体の陰で、リュカは、ぐっとこぶしを握った。魔力を持たない自分は、戦場で、兄の隣で戦うことはできない。兄を守って戦うことはできない。

 魔法使いは、二人一組で戦うのが定石だ。その理由は、この世界における魔法のことわりのひとつにある。

 魔法は、その魔法を使う者自身にかけることはできない。

 ゆえに、魔法使いは、自分自身を防御魔法で守ることができない。だから、組になって戦う。ペアになった相手と、互いに防御魔法をかけ合って、守り合うのだ。だが、それはなかなか簡単なことではない。相手と呼吸を合わせる必要があるし、さらには互いの魔力に差がないほど安定し強力になるという相性もある。それが、《双星の魔導師》と呼ばれる彼らの強さの理由のひとつでもあった。完璧に息の合ったコンビネーションと、完全に等しい強さの魔力バランス。それがもたらす最強の攻撃と防御。リュカには望めない戦い方だった。

「リュカ」

 遠征隊を見つめるリュカの横顔に何を読み取ったのか、クラスメイトが遠慮がちに声を掛けた。

「お前の兄貴だって凄いじゃないか。まだ在学中なのに、魔法士の候補生になっていて、将来は魔導師の称号も確実って言われているんだろう。それに、お前だって、このあいだの公開試合で、騎士団長から直々にお褒めの言葉を貰っているんだから。羨ましいよ、まったく」

 クラスメイトは明るく笑った。けれど、リュカは彼に微笑を返すことはできなかった。

「……守りたいひとを守れなければ、意味がないんだ」

 目を伏せ、リュカはきびすを返した。握りしめたこぶしの中で、てのひらに爪が食い込む。

 魔法が使えなければ、兄を守ることはできないのだろうか。

 兄を守るのは、他の誰でもない、自分でありたいのに。

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