2-3

 残暑の滲む西陽の照らす放課後のロッカールーム。ひとけのないその場所に、声をひそめて話す四人の少年たちがいた。

「あいつのロッカーって、これだったよな」

「はい」

「そっち、あいつが戻って来ないか見張ってろよ」

「大丈夫です。まだひとりで練習しています」

「廊下はどうだ?」

「問題なしです。誰も来る気配はありません」

「よし」

 窓とドアの前に見張り役を置いて、ユーゴはリュカのロッカーを開けた。その手には、エメラルドの飾りがついたユーゴの帽子が握られている。

「乞食は、どこまでも乞食なんだって、分からせてやる」

 そう呟いて、ユーゴが口角を上げたとき、

「三文芝居の準備?」

 凛と響く冷たい声が、彼らの背を打った。はじかれたように、彼らが振り返る。

 魔法士のアカデミーの中等部の制服。左肩の上で緩く結んだ真直ぐな黒髪。色の白い肌に引き立つ赤い瞳。その燃えるような瞳の色とは真逆の、凍るように冷たいまなざしが、静かに彼らに向けられている。

「あいつ、リュカの……」

「くそっ、見張りは何を……」

「見張り?」

 この子のこと? とクラウスはドアの陰から一人の少年の襟首を掴んで引き出す。

「邪魔だから、ちょっと眠ってもらったよ」

 そう言って、クラウスはロッカールームに足を踏み入れる。たじろいだ三人が、数歩、後退あとずさった。彼らと距離をあけて立ち、クラウスは、再び口を開く。

「君は、その高価な帽子が盗まれたと騒ぐ。そして、リュカのロッカーから、それが出てくる。……このアカデミーでリュカの立場を悪くするためのシナリオだね」

 すっと、クラウスは右手を前に、水平に上げる。瞬間、ロッカールームの窓が、一斉に開き、強い風が吹き抜けた。ひるんだユーゴの手から帽子が飛ぶ。慌てて掴もうとした手をり抜けて、帽子は、ふわりと浮遊し、窓の外の木の枝にかかった。

「なっ……! 魔法で……っ!」

 ユーゴが言葉を取り落とす前に、ユーゴの体は仲間の少年たちとともに、窓の外へ逆さまに浮かべられた。狼狽と恐怖で喉が引きり、声も出せずに硬直する。

「同じ三文芝居なら、こういうのは、どうかな」

 かつん、と静かに靴音を響かせて、リュカは彼らに距離を詰める。宙に浮かべた彼らを見上げる表情は、ぞっとするほど穏やかな微笑だ。

「君は、お気に入りの帽子を風に飛ばされ、木に引っかかったそれを、仲間と一緒に取り戻そうと、窓から身を乗り出す。けれど、うっかりバランスを崩して、仲間諸共、転落する。ここは三階だから、簡単には死なないけど、打ち所が悪ければ、あるいは……」

「ごっ……ごめんなさい……っ!」

 ユーゴが目を見開き、泣きながらクラウスに懇願する。

「もうしない……っ! もうしないから……! 下ろして……くださ……い……」

 彼らのすすり泣く声がしたたる。

 しばらくの沈黙。クラウスは、じっと彼らを見つめていたが、やがて微かに嘆息した。ふわり。彼らの体が、部屋の中へと戻される。彼らは震えたまま、へなへなと座り込んだ。

 クラウスは冷ややかに彼らを見下ろす。

。このアカデミーは今、貴族の罪を揉み消す程度には腐っているけど、証拠もないのに貴族の証言だけで生徒ひとりを有罪にできるほどには腐っていないから。君たちは、の差ってものを、

 くすりと笑って、クラウスは言い放った。

「分かったら、さっさと失せな。俺の弟が、ここへ戻って来る前に」

 縮み上がりながら、彼らはうなずく。ふらふらと立ち上がると、転びそうな勢いで、一目散に部屋から逃げていった。

 足音が聞こえなくなるのを待って、クラウスは小さく息をつく。再び魔法で窓を元通りに閉めると、リュカのロッカーに手をかざした。リュカにしか開けられないように、扉に魔法をかけておく。

 振り返った窓の外では、リュカは今も、ひとりで、脇目も振らずに木剣を振っていた。

 ひたむきな弟の背中を見つめ、クラウスは、そっと、硝子越しに、リュカの姿を指先でなぞった。

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