3-2

 遠征隊が帰還して、魔法士のアカデミーは急に慌ただしくなった。勝利は収めたものの、いつにも増して怪我人が多く、アカデミーの教員や高等部の上位クラスにいる学生の魔法使いも、回復魔法のために駆り出されていた。もっとも、遠征部隊の魔法士によって応急処置は施されていたから、治療院に運び込まれた者は皆、命に別状はなかったけれど。

「トリアージが済んだ後だからね」

 治療を終え、病室を出た壮年の魔導師――ベルトランは、補佐についていたクラウスを振り返り、淡く微笑んだ。ベルトランは、回復魔法を専門とする魔導師で、クラウスが師事する、このアカデミーの教授だ。真直ぐなプラチナブロンドの髪を背中で緩く束ね、切れ長の菫青石アイオライトの瞳は、いつも穏やかに微笑んでいる。髪と目の色は全く異なるが、師弟で並んでいると、まとう雰囲気が似ていると、よく言われる。

「君は優秀だ。いずれ、回復魔法において並ぶ者のない至高の魔導師になるだろう」

「……ありがとうございます」

 クラウスは曖昧に微笑を返した。怪我人には魔法士もいたが、圧倒的に、剣士のほうが多かった。

「師匠」

 目を伏せて、クラウスは、そっと、言葉を落とす。

「魔法で剣士を守ることは、できないのでしょうか」

 戦場で、魔法士が剣士に使える魔法は、戦いが終わった後の回復魔法だけだ。

「知っているだろう。剣士に、防御魔法はかけられない」

 魔法による防御は、物理による攻撃に拮抗する。それが、この世界における魔法の制約のひとつだ。防御魔法は結界魔法の応用であり、その魔法をかける対象を、内外ともに一切の干渉から遮断する。だから、剣士に施せば、その剣士は、相手を斬ることができなくなる。助けるべき剣士の攻撃まで無効化してしまうのだ。

「剣士になる弟のことを、案じているんだね」

 ベルトランは優しく目を細めた。柔らかなプラチナブロンドが、白いローブを、さらりと流れる。

「憶えていて、クラウス。弟を死なせたくないなら、君は、絶対に、死んではいけない」

 涼やかに澄んだ菫青石アイオライトの瞳に、真直ぐにクラウスを映して。

「君は、その至高の回復魔法を、君自身に使うことはできないのだから」

 弟を死なせないために、生きて。

 傷つけるものから守れないなら、せめて、命だけでも繋ぎとめさせて。

「……それでも」

 回復魔法は、致命傷には無力だ。即死に至る怪我は、魔法で治すことができない。確定した死を、魔法でくつがえすことはできない。

「リュカを守るためなら……俺は……」

 制服の陰で、クラウスはこぶしを握り込む。

 なぜ、この世界のことわりは、いちばん守りたい存在を守れないようにできているのだろう。

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