4-2

 広場から職員寮へと戻る道の途中。クラウスは、不意に遠く鳴り響いた鐘の音に、足を止めた。城門の閉鎖を命じる鐘の音だった。クラウス以外にも気づいた周りの数人が、城のほうを振り返る。

「盗賊でも出たのか?」

「城門を閉鎖するなんて……余程のことじゃ……」

「おい、聞いたか? 剣士が何人か、やられたらしいぜ」

 耳をぎった雑踏の囁き声を、クラウスは最後まで聞かなかった。

 地面を蹴って、駆け出す。人の波に逆らって、城のほうへ。

(リュカ……!)

 嫌な予感がした。背中を冷たい汗が伝う。

(無事でいてくれ、リュカ!)

 願ったばかりなのに。ほんの少し前に、弟の隣で、願ったばかりなのに。


――弟の願いが叶いますように。


 クラウスにとって、この世界で弟よりも大切なものなんてなかった。

 弟のほかに、大切なものなんて、なかった。

 願いだろうと、何だろうと、自分に叶えられるものなら、全て、弟のために使いたかった。注ぎたかった。

 弟が剣士になることは止められない。ならば、せめて戦場へ派遣される可能性を少しでも減らせるように、王都に繋ぎとめることができたら……そう考えた自分は、ずるかっただろう。弟が自分の近くにいようとすることが分かっていて、クラウスは王立魔法院の研究員になった。そうすれば、弟も、王都にいられる部隊への配属を希望するだろう。最難関の選抜だろうと、弟なら勝ち取れる。そう思った。そして、クラウスの思惑通りに、弟は、第一騎士団に入った。入ってくれた。

 それなのに。

(……奪うな……)

 駆けながら、クラウスは固くこぶしを握る。

(俺から、弟を奪うな……!)

 光なのだから。

 リュカ。

 Lucas。

 世界で、たったひとつの、光なのだから。

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