新月の夜は願いのほとりで
ソラノリル
Prologue
Prologue
魔法は、貪るものでなく、施すものである。
――魔法録 序章
* * *
物心ついたとき、自分たち兄弟には名前がないことに気づいた。弟の名前を呼ぼうとして、呼ぶべき名前が弟に、そして自分にもないことに、気がついたのだ。
もしかしたら、名付け自体はされていたのかもしれない。だが、呼ばれることがないから、分からない。弟に名前を尋ねてみても、幼い弟はきょとんと首を傾げるばかりだった。
名前を呼ばれた記憶のないまま、親はいなくなった。
ならば、自分で名前を付けよう。自分が、弟に、名前を与えよう。
文字はろくに読めなかったが、独りで必死に覚えた文字と数少ない言葉の中から、弟の名前を考えた。これしかないと思える名前を。
「リュカ」
呼ぶ。弟の頭を撫でて。
「お前の名前から、俺の名前を貰うよ」
そして自分の名前を決める。
「俺の名前はクラウスだ」
弟に与え、弟から貰った、ふたりの名前。兄弟ふたりの名前。
「俺たちの名前はアナグラム。同じ文字の組成でできているんだ」
弟の名前はLucas。光を与えるという意味だ。
その文字を並び替えればClaus。兄である自分の名前になる。
「お前は光だよ、リュカ」
弟がいるから、生きられる。
こんな世界でも、弟を守るためなら、生きていようと、思うことができる。
「俺を生かしてくれる、光なんだ」
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