9-5

『……僕らが憎いんじゃなかったの?』

 リュカの腕からい出した人形が、倒れたリュカを見下ろす。頭から血を流し、リュカは気を失っていた。

『僕をかばうなんて……』

 人形が、リュカに、そっと手をかざす。

『見殺しにできないんだね、君たち兄弟は……目の前にいるのが、どんな人間でも』

 光が灯る。回復魔法だった。

『今更、こんなことをしても、何にもならないかもしれないけど……』

 リュカの頭の傷が癒えていく。

『……僕だってね……』

 ぽつり、と人形は呟いた。

『本当は、一緒に生きたかったんだよ……短くても、一緒に、生きたかったの……言葉を交わして、笑い合って……ふたりで……』

 天井から、瓦礫がれきと化した巨石が降ってくる。

 人形がうつむいた、そのとき――

 赤い光の結界が、人形とリュカを包んだ。



* *



 空間が、崩れていく。滅びていく。

 始祖の魔力が染み込んだ巨石が、瓦礫がれきとなって降り注ぐ。

 クラウスは唇を引き結び、結界に込める魔力を強めた。

『やめろ……! クラウス……!』

 人形が、クラウスのローブをつかむ。

『もう良い……弟を連れて逃げろ……どうせ、僕らは、もうすぐ死ぬ……守るだけ無駄だ』

「……無駄じゃない」

 てのひらに、ぐっと力を込めて。

「守れたら……死ぬのは今ここでじゃない……明日かもしれない、明後日かもしれない……一週間後かも、一か月後かも、一年後かもしれない……その時間を、今、ここで、諦めることは、できません」

 巨石が落ちる。砕けていく。石に込められていた始祖の魔力が破裂し、その衝撃と圧力が、クラウスの結界に噴きつける。魔力の負荷が、クラウスの全身に、しかかる。

「……生きるのに……無駄な時間なんて……一秒だって、ない……」

 クラウスの結界が、光を増す。赤く、紅く、秋の夕陽のように、春の暁のように、冬の炎のように、夏の血潮のように。

「だから、守ります……生きたい命を、必ず」

 光が満ちる。世界が染まる。

 強く、温かく、柔らかく包む、それは、どこか、羊水にも似て。

(リュカ……)

 心の中で、クラウスは、そっと弟の名を呼ぶ。

(お前を生かすことが、俺の生きることだった)

 クラウスは微笑む。

 リュカ。Lucas。それは、光を与えるという意味。クラウスが、弟につけた名前。

 並び替えれば、Claus。クラウスが、弟から貰った名前。光を与えられた、名前。

 ずっと、ずっと、弟は、クラウスの光だった。

(お前が生きることが、俺を生かすことだったんだよ)

 深くくらい湖のようなクラウスの願いを、弟は照らし続けてくれた。

 太陽よりも優しく、月よりも温かい、新月の夜に灯る星のように。

(必ず守るよ)

 だから、さいごまで、照らしていてほしい。

 リュカ。

 Lucas。

 この瞳を閉じるときまで、ずっと。

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