第41話 大いなる地母
遙か遙か遠い、
そこに、1匹の竜がいた。
天地が開けた瞬間に生まれ、後に生まれ
竜が天を仰ぎ見たことで、まず空が生まれた。
竜が足下を見つめ下ろしたことで、次に海が生まれた。
しかし、陸が生まれなかった。
竜の目はすべてを写す。時を超え、空間を超え、そこに有るべきものを見る力を持っていたが……どこを見ても、一向に陸が生まれなかった。
竜は考えた。
「ならば、我が陸となろう……」
竜はゆっくりとその身を海に横たえた。
翼を畳み、首を折り、四肢を縮め、じっと待った。長い長い時を待った。
永劫とも思える時間が過ぎ去った後、かつて竜の右目だった場所に最初の男が立ち、左目だった場所に最初の女が立った。
竜はふたりを祝福し、言った。
「原初の人よ、ぬしらには森羅万象を見通す我の目を授けよう。その目を用いて、栄えるが良い」
こうして最初のふたりは、竜の目を授かり、やがて子を成し、子が新たな子を作り、人は増えていった。
竜の目を持つ最初のふたりは、1,000年を生きた。
しかし、ついに死すべき時が来た。
死を前に最初のふたりは、竜に願った。
「竜よ。大いなる地母よ。我ら亡き後には目をお返し申す。しかし、いずれまたこの目を必要とする人が、時代が訪れましょう。その者に再び竜の目を授け、人を導く力を与えることをお約束ください」
その頃にはもう、竜の体は完全に大地そのものと化していた。
それでも、竜は答えた。
「我が肉体は朽ちたが、目は人に授けた故に残ろう。人よ、これは契約である。我が目を受け継ぎし者が、その魂を通じて我に世の有り様を見せると約束するならば、時が選びし相応しき者には、必ずや我が目が宿るであろう」
最初のふたりは、竜と固く約束して……同時に死んだ。
その死を見届けてから、人々は悲しみの涙を拭い、竜と最初のふたりが残した世界へと散っていった。
◇◆◇
長い長い唄のようだった。
いや、実際にそれは唄だった。
草原に立ったサーリヤは、夜明けを迎えつつある東の空に向かって、朗々と彼女たちの一族に伝わる「創世神話」を歌い上げたのだった。
その場にいた誰もが、その声に聞き入っていた。
魅了されていたと言ってもいい。
もちろん、僕も。
戦という久しく経験していなかったものに神経を昂ぶらせ、眠れぬ夜を過ごしてしまった幾人かの竜僕民たちも。
そして、サーリヤによって餓えの地獄から解放され人の道に立ち返ることができた兵士たちも……。
「竜が……陸になった、か」
「はい。故に私たちはすべての生き物の礎となった始祖の竜を母と崇め、大いなる地母と呼び慣わすことにしたのです」
ゆっくりと、太陽が昇ってきた。夜明けだ。
その日最初の光に照らし上げられたサーリヤが、大地に向かって祈りの姿勢を取った。
その神々しさすら感じる姿を目にしながら、僕はつぶやいた。
「……母だったじゃないか」
すぐに答える声があった。
「そんなことも……あったかのう」
今の創世神話を歌った唄が事実だとすると、この声の主は、言わば神に等しい存在ということになるのだが……、
「……もう忘れたわ」
その神……迷い犬トゥーラの名前を与えられて喜んだ神は、大変無責任な言葉を僕の頭の中に放り投げるのだった。
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