第23話 星が示す運命

「お恥ずかしいものを……お見せしてしまいましたね」


 ベッドの上で意識を取り戻したサーリヤは、そばに僕しかいないのを確かめると、そう言って掛け布団を頬のあたりまで引き上げた。

 目だけが、じっと僕を見ている。


「もしかして……服は、旦那様が?」

「ご、ごめん。とにかく着替えさせないと、風邪をひくどころじゃないと思って」


 質問の意図を察して、僕はしどろもどろに頭をかく。


「旦那様は……帝国の中心で進んだ文明の中にお暮らしになっていた方ですから……あのような儀式、馬鹿馬鹿しいとお笑いになるかもしれませんが……」

「何をいきなり。そんなこと、思わないよ」

「……では、信じてくださいますか? 私の、星読みを」

「信じる。何を見たのか、教えてほしい」


 僕が言うと、サーリヤは持ち上げていた布団を下ろし、上半身を起き上がらせた。


「戦いは、避けられぬものと……星読みの結果は、そう出ております」


 先ほど、僕に裸を見られてしまったことを恥じらっていたのが嘘のように、眼差しが真剣なものに変わっていた。


「それは、山賊との戦いということ?」


 僕の問いに、サーリヤは首を振る。


「……もっと大きなものです。山賊たちとの戦いは、その始まりに過ぎないと」

「僕に戦う意志が無いとしても?」

「旦那様がご自分から戦いを挑むかどうかに関わらず、避けようのない運命が動き出している……。私には、そのように読めました」


 今度は、僕が首を振る番だった。


「戦いたくは……ないね」


 でも……と、僕は続ける。


「君が目を覚ます前に、キダジャたちに話を聞いた。思っていたよりも、状況は切迫してるみたいだ。お金が有るの無いのという話じゃない。狩りの途中、山賊たちの斥候らしきものを見たことがあると」


 それが何を意味するのか、すぐにサーリヤも理解したようだった。ベッドの上で、体が強張る。

 つまり、山賊たちはもう隊商を襲って金品を奪うだけでは飽き足らなくなっており、この村を含む近隣の部族や集落を次の獲物と見定めているということだ。


「僕はここでの暮らしが好きだ。サーリヤに受け入れてもらったこと、本当に感謝してる。いや、サーリヤだけじゃない、村のみんなに恩がある。その恩は、どこかで返さないといけない」

「旦那様……」

「奴らが手を出してくるとすれば、冬が来る前だ。金は無くても、冬を越すための食料やら何やらを溜め込んでいるからね」

「もう猶予は無いと……旦那様は考えていらっしゃるのですね」


 僕はうなずいた。


「準備をしなきゃいけない」

「お手伝いいたします。これは、私たちの問題でもありますから」

「ああ、頼むよ。でも……」


 立ち上がり、僕はサーリヤの肩に手を添え、そっと体をベッドに横たえさせた。


「今夜はもう温かくして休んで」


 布団をかけ直してやり、僕がベッドサイドを離れようとした時だった。


「あの、旦那様……最後にひとつだけ」


 布団の下から伸びてきた手が、僕の手をつかんだ。


「……何?」

「私……その……どうでしたか?」

「どう……とは?」


 僕が尋ね返すと、サーリヤは一瞬口を開いて何かを言いかけたのだが、ふと我に返ったように手を引っ込めてしまった。


「すみません……。どうかしていました。なんでもないんです、忘れてください」


 そのまま、僕から顔を背けるようにして布団をかぶってしまう。

 その様子を見て、僕は自分の失敗を悟った。

 やってしまった……と、自分の鈍感さが嫌になる。


「きれいだったよ。正直、見とれてた」


 今更、なのは承知しつつ、僕は顔を背けたままのサーリヤに告げた。

 返事は、無い。少し、布団の中で身じろぎするような音がした。


「……お休み。お疲れ様」


 最後にそう声をかけ、今度こそ僕はテントを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る