第22話 星読みの舞

 まだ本格的な冬は来ていないものの、すっかり陽が落ちた草原は……寒い。そして暗い。

 あちこちで明かり取りの篝火が焚かれ、放牧していた竜が何頭も集められていた。

 すっかり色が抜けた草の上に寝そべった竜のそばには、竜牧民たちが寄りかかるように座っている。


 なぜ竜のそばにいるのか?

 答えは簡単、


 竜は、とっても「あったかい」のだ。


 なんとなくトカゲの親戚のような姿をしているので勘違いする者も多いが、竜はとても体温が高い生き物だ。その秘密は、火炎弾の推進力としても利用されるガスである。体内の器官で作られた高温のガスが血液に溶け込んで、全身を巡っているのだ。

 帝国本土の高級住宅には、床下に這わせた金属パイプにボイラーで作った熱い蒸気を流して暖を取る設備が組み込まれていたりするらしいが、原理としては似たようなものだ。


「クッ、クッ、クゥー」


 地面に腹ばいになり、僕を後ろ脚の近くに寄りかからせたフュリが、長い尾を回して先っちょを僕の腹の上に置いた。程よい重みがあって、すべすべしたフュリの尾は、まるで湯たんぽを抱きしめているような温かさだった。

 実際、竜牧民たちの中には、真冬になると布団の中に子供の竜を連れ込む者もいるらしい。

 

「ああ……ヤバい。これ、寝ちゃいそう……」


 思わず呆けた声を出してしまう僕だったが、ここで本当に寝てしまうわけにはいかない。

 もうすぐ、星読みの儀式が始まるのだから。

 ……とは言うものの、僕も初めて見る儀式である。どんな儀式なのかはまるで想像がつかない。


 と、不意に、ぴしゃり、ぴしゃりという足音のようなものが聞こえてきた。

 音のしたほうに顔を向け、僕はそこで息を呑んだ。


 サーリヤだ。

 この寒空の中、肌着のような白い薄布一枚だけを身にまとっており、しかもそれはびっしょりと濡れている。儀式のために身を清めると言っていたが……どうやら頭から水をかぶってきたらしい。

 濡れた薄布が体に張り付き、サーリヤの体のラインをくっきりと浮かび上がらせ、肩口からは湯気が立ち上っているのが見えた。


 サーリヤの表情は、厳しい。いつもの艶やかな笑顔とはまるで別人だった。

 身を切るような寒さに耐えているというのもあるだろうが、これから執り行われる儀式に対しての使命感のようなものを感じさせる表情だった。


 サーリヤが車座になっている僕たちの中央に進み出てくると、控えていた楽隊が、音楽を奏で始めた。

 どこか人間の鼓動にも似たリズムを刻むその曲に合わせ、サーリヤが舞い始める。


 音楽が、次第にペースを上げていく。リズムが激しくなる。

 合わせて、サーリヤの舞もまた激しく熱を帯び始める。

 この寒さも、まとった薄布がはだけて肌が露わになることも一切気にならない様子で、サーリヤは恍惚とした表情を浮かべながら舞う。舞い続ける。

 だらしなくフュリに寄りかかっていた僕だったが、いつしか背筋を伸ばしてその舞に見入っていた。


 やがて、舞は唐突に終わりを迎えた。

 最後、だんと地面に両膝をついたサーリヤが、両手のひらは上に向け、体もゆっくりと弓なりに反らせて天を仰ぐ。

 息は荒く、両の乳房が大きく上下に揺れていた。

 目は、天の一点を凝視して動かない。


 舞によっていわゆるトランス状態に入ったところで、星を見る。これが、星読みの儀式なのか……。


「これは……始まり……」


 天を仰いだまま、サーリヤの唇がわななくように動いた。


「その先に……鉄とほのお……我らは、我らたるを示し、旗を立てる……避けることはあたわず……その一足ひとあしめ……仰ぐべきものを見定める……始まりの……戦い……」


 天に向けられていたサーリヤの手が、だらり、と落ちた。

 ふっと目から生気が失われ、彼女を支えていた見えざる糸が切れたかのように、全身から力が抜けるのがわかった。

 サーリヤの体が、枯れた草原の上に崩れ落ちた。


「サーリヤ!!」


 その時にはもう、僕は駆け出していた。

 

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