第21話 辺境に不穏あり?


「山賊……」


 なんだか、ずいぶんと久しぶりに聞く言葉だ。

 僕がまだ新兵だった十年前、魔族の侵略で焼け出されてしまった人々が、生き残るために山賊化してしまい、軍が平定に手を焼いていたっけ。


 僕の初陣も、実はそんな山賊退治だった。

 ところがうっかりミスで捕らえられて処刑されそうになったのをどうにか逃げ出して、その場の流れというか勢いというか……山賊のボスを逆に捕縛して、残りは全員「軍に入れば罪は問わないから」と説得して”解散”させたことがある。


 うん、今にして思えばあれが良くなかった。

 あれで当時の上官だったユミナ……キシロ”少尉”に気に入られちゃって、あっちこっち連れ回されているうちにいつの間にか階級が並んで、追い抜いて、追いつかれて、最後には……。


「どうしました、ソウガさん? 遠い目になっちまってますけど、山賊に何か恨みでも?」

「……あると言えば、ある。逆恨みに近いけど」

「はあ……」


 まぁ今その話をしても仕方ないので、僕は適当にごまかしてシオに先を促した。


「とにかく、その山賊どもが隊商を襲うものだから、隊商たちも連中の縄張りを迂回してしまい……結果、僕たちの所に来る前に帰ってしまうと」

「そうなんです……」

「いや、でもちとそいつは納得いかないですなぁ」


 シオの説明に異を唱えたのは、ガストンだ。


「この辺りを隊商がぐるぐるしてるってことぐらい、ジュシュの陸軍本部だって把握してるはずでしょうが。そんなに被害が出るレベルなら、とっくに討伐隊が出ているんじゃないですかい?」


 シオがうなずく。その質問、想定どおりと言わんばかりだ。


「実はわちの実家も商人でして、この間その辺のことも手紙で聞いてみたんです。そうしたら、帝国軍は最近、なんのかんのと理由を付けては辺境地域からどんどん引き上げてしまっているんだとか」


 シオの答えは、僕たちにとっては想定外のものだった。

 魔族を相手にした光魔大戦の後、ナロジア王国と国境を接することになったジュシュ開拓領の安定化と治安維持は軍の最優先課題のひとつだったはずだ。


「山賊たちも、それをわかっていてやりたい放題……というわけですね?」


 サーリヤが言った。


「私たちが食べていく分には狩りと採集で何とかなっているものですから……どうも外の世情には疎くなってしまいます。シオさんには感謝しないといけませんね」

「わ、わちは……別に……ソウガ様に不自由な暮らしを送ってもらいたくないだけで……」


 まさかサーリヤに礼を言われるとは思っていなかったのか、急にシオの歯切れが悪くなった。


「さ、サーリヤさんのことはいいんです! ……ソウガ様、どうしましょう?」


 どうしましょう……と言われてもなぁ。

 実のところ、僕の認識としてもサーリヤとほぼ同じで、今のところシオが心配してくれるような不自由を感じていないのが正直な感想だったりする。


 それどころか、昇る朝日とともに起きて狩りへ行き、風に吹かれながら竜や他の家畜たちの世話をし、沈む夕日を眺めながら焚き火を囲む……そういう今の生活で、心の中に淀んでいたものが洗い流されていくのを感じているわけで。


 ただ、それは僕だけがそう思っているということもある。

 今は良くても、いずれ竜牧民たちにとっては交易ができないことで困った事態に繋がるかもしれない。


「……サーリヤはどう思う? 一族代表的に」

「そうですねぇ……」


 僕に話を振られ、サーリヤは一瞬小首を傾げるような仕草をすると、


「ここは、星読みをして大いなる地母にお伺いを立ててみるべきかと」


 すうっと天井……の先に広がっているであろう満天の星空を指さして言った。


「星読み……」


 そう言えば、ついつい忘れちゃうけどサーリヤ自身も、星読みの予言者……シャーマンだったっけ。

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