第20話 竜牧民、お金が無い問題
「切実な問題……とは?」
シオの目があまりに真剣だったので、さすがに居住まいを正したサーリヤが聞いた。
サーリヤから手を離し、こほんとひとつ咳払いをしたシオが、どこからともなく一冊のノートを取り出して僕たちに見せた。
表紙には、シオの筆跡で『出納帳』と記されている。なかなか達筆だ。
「単刀直入に言いますと……お金がありません」
丁寧に
「お金が……無いんですか?」
「無いんです」
「……なぜでしょう?」
サーリヤが、首をかしげた。僕とガストンも、かしげた。
シオが、盛大なため息をついてから、
「物を売らないからですよぅ。当たり前です」
本当に当たり前のことを言った。
「この半年間、何回か拠点を移動しましたけど、一度でもどこか他の部族や商人と交易しましたか? してませんよね? それじゃあお金は貯まらないんです」
言われ、僕はサーリヤを見た。
「この部族も交易とか……してるの?」
「それは、ええ。もちろんしていますよ。草原では手に入らない物もありますから」
まぁ、当然そうだろう。
辺境の竜牧民にも魔導科学の技術が少しずつ流入しているのは、彼らの暮らしを見ていればわかる。
例えば、サーリヤなどは炊事や針仕事などのお供に小さな魔鉱ラジオをつけて、ナロジア王国の放送を受信しては音楽を聴いたりしている。
ここだって一応は帝国領なのに、帝国側の放送は一切受信できないというのが皮肉な話だが、それはまあさておき。
そういう道具を買うために竜牧民が頼りにしているのが、時に国境を越えてあちこちを旅しながら商いをする交易商人たち……いわゆる
「確かに……シオさんに言われて気付きましたが、ここ何ヶ月か交易商人の姿を見ていません。以前は、長くてもふた月に一度くらいは寄ってくれていたのですけれど」
「そうなんです。わちも気になってちょっと調べてみたんですが……どうもこの辺を回っている隊商が、みんな巡回ルートを変えちゃってるみたいなんです」
またシオが何かを取り出した。どうも地図のようだ。
”目”を使うまでもなく、シオがだぶだぶの袖の中からその地図を取り出したのが見え——多分、さっきの出納帳もそうだ——僕としては、袖の中がどうなっているのかも大変気になったが、今は黙っておくことにする。
「この赤い線が、これまでの巡回ルート。緑の線が、最近のルートになってます」
広げた地図を指でなぞりつつ、シオの説明は続く。
地図には隊商の巡回ルートだけでなく、普段どこでどんな物が取引されているのかといった情報も細かく書き込まれていて、
「これ、全部少尉殿が?」
それを見たガストンが、感嘆の声をあげた。
僕もまったく同じ気持ちだった。
「いつの間にこんな……さすが主計科。凄いよシオ。いや参った」
まさに脱帽というやつで、地図とシオの顔を何度も見比べながら僕は言った。
「ほ、褒められちゃいました。えへ〜」
長い耳をくたっと垂らし、シオがはにかんだ。
「よっ! エリート士官!」
「後方の要! 主計科の星!」
その反応がなんだか可愛いやら面白いやらで、僕とガストンは調子に乗ってやんやと囃す。
「ええ〜。そんなぁ〜。やめてくださいよぉ〜」
今度は両手を頬に当てて、くねくねと身をよじるシオ。
「未来の後方勤務部長!」
「帝国軍の生命線! 遠征補給計画は全部君に……」
「……旦那様、ガストン様」
ぴっ、と耳を引っ張られる感触。
振り向くと、ジトりと目を細くしたサーリヤが僕とガストンを見ている。
……あ、ごめんなさい。
「肝心なことをお聞きしてもいいですかシオさん? 隊商が交易路を変えたことはわかりましたけれど、それはなぜか……ということです」
あ、うん。そうね。そこが大事だね。
サーリヤの質問をきっかけに、再びシオに注目が集まる。
シオが、気を取り直すように一度軍服の裾を払い、
「山賊が出るんです」
言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます