第19話 目に宿るもの

「旦那様! あのような大きな魔物を一矢ひとやで仕留められるなんて……嫁としてこれほど誇らしいことはありませんわ」

「嫁じゃありません! 離れ……離れてください! 軍紀が! 軍紀が乱れましゅので!!」


 狩りを終えて家に戻る……いつものやり取りが始まった。

 最初の頃は、サーリヤとシオ、どっちの機嫌も損ねちゃ悪いと思って気を遣ったものだけど、


「はい。仲良く、仲良くねー」


 半年も経てばすっかり見慣れて、それが日常になるというものだ。

 毛皮で仕立てた防寒着を脱いで部屋着に戻った僕は、ふたりの間をするりとすり抜けて自分の椅子に腰掛け、まだ少し熱を持っている目を揉んだ。


「旦那様、雪で布を冷やしておきました。目に当てれば楽になりますよ」

「ソウガ様、目の疲れに効くお茶を探したんです。どうぞどうぞ」


 それを見たサーリヤとシオが、めげずに僕のそばへと駆け寄ってくる。


「はい、ありがとー。ふたりともありがとー」


 これももう、いつもの風景。

 前回はどちらが僕の目をマッサージするかで譲らず、結局それぞれ片目ずつやってもらうという、端から見ると実にアヤシイ光景が出来上がったものだ。


「……しかし、ソウガさん。ここに来てまた一段と”力”が強くなってるんじゃないですかい?」


 と、こちらも上着を脱いで楽な格好になったガストン。シオが用意したポットのお茶を、自分で注いで飲みながら言う。


 ”力”とは、僕の目のことだ。


「……最近、さすがに自覚した。僕は、運が良かったわけじゃなかったんだなぁ」


 キンキンに冷えた布で目を覆い、落ちないように天井を見上げながら僕は言った。


「もちっと早く気付きそうなもんですがね……」

「僕がこれまで戦場でうまくやってこれたのは、運じゃなくて目が良かったからだとは……考えもしなかったから」

「目がいいとか、そういう次元じゃないですって……。本当に、ご自分のことわかってるんですかい?」


 わかっている……と思う。

 特にこの半年、フュリを鎮めたあたりから僕の目は、日々なんだかえらいことになっているのだ。

 さっきの狩りでもそう。ちょっと並の人間の域を超えちゃっている感がある。


「魔王と戦った時はどうだったんですか?」


 シオが聞いてきた。


「今思い返すと、やっぱり”目”なのかなー。いや、魔王の攻撃が一発も僕に当たらなかったの……ちょっと変だなーとは思ってたんだけど……あれ、当たらなかったんじゃなくて、僕が無意識に避けてたのか」

「自分で聞いておいてあれですけど……ちょっと、わちには想像つかない世界の話になっちゃいました」

「そう? ……あ、ガストンと最初に会った時も、僕的には避けてるつもりとかなくて、ガストンが勝手に攻撃を外したものかと思ったけど、違ったってことだよね?」

「いや、俺風情を魔王に並べられても困るんすけどね……マジで」


 話しているうちに、布がぬるくなってきた。

 頭を起こして布を取ると、すっと横から伸びてきたサーリヤの手が布を受け取る。


「ありがとう。気持ちよかった」


 礼を言った僕ににっこりと微笑み、サーリヤも椅子を引いて僕の横に腰を下ろした。

 「あっ! また!」というシオの声と、「少尉殿はもう少しタイミングを計る術を覚えるべきですな」とからかうようなガストンの声とが交錯する。


「私が以前話したこと、覚えていらっしゃいますか? 一族に伝わる予言の話です」


 サーリヤが言った。


「運命の御子が東から来るぞ……ってやつ?」

「ええ。その時、こうも伝えたはず。その御子は、”約束の目”を持っていると……」


 ……そう言えば、確かにそんなことを言っていたような。


「僕のこの”目”が、その”約束の目”だと?」


 と、僕。


「魔王の攻撃すら完封したなんて話を聞いちまうと、偶然とは思えませんなぁ」


 ガストンがずずっと茶をすすって後に続く。


「ええ。ですからもう、これはいよいよ予言に間違いは無かったということで、一刻も早く婚礼を……」


 サーリヤの指先が、やたら艶めかしい動で僕の胸に渦を描き始めた時だった。


「婚礼の話なんかより、もっと大事な……切実な問題があります!」


 がっしとサーリヤの手首をつかんだシオが、真剣な眼差しでその場の全員を見渡して言った。

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