第18話 僕は生きていた

「トーイ、トーイ、トーイ……」


 ここ数日でぐっと寒さが増して霜が降り始めた草原に、竜牧民特有のかけ声が響き渡る。

 かけ声に合わせ、三匹でひと組になった竜たちが、美しい編隊飛行で地上の獲物を追い込んでいく。

 先頭の一匹に乗った竜牧民が手で合図を送ると同時に、人を乗せていない後続の二匹がぱっと左右に散ってから前に出て、獲物の逃げ道を塞ぐのだ。

 左右を竜に挟まれた獲物は、先ほどまで先頭を飛んでいた一匹にまっすぐ追い立てられ……その先に待ち構えている射手によって仕留められるというわけである。


 今回の狩りで射手を務めるのは、僕とガストンだった。


「キダジャのおっさん、いつ見ても惚れ惚れする追い込みですな。……来ますぜソウガさん、距離150!」

「了解」


 双眼鏡をのぞいて獲物との距離を教えてくれたガストンに短く返し、僕は傍らに控えていたフュリの背に飛び乗った。

 両足で軽く横腹を打つと、フュリは翼をひと打ちしてふわりと宙に舞い上がる。

 鞍上あんじょう、僕は太ももでしっかりとフュリの胴を挟み込み、振り落とされないようにしてから背負っていた弓を構えて矢をつがえる。


 気を入れて弦を引き絞ると、僕の目が熱くなった。

 瞬間、まるで目の前に狙撃用スコープを用意されたかのように僕の視界はぐうっと狭く、そして遙か遠くを捉える。

 肉眼でならまだ小さな点にしか見えないはずの獲物の、逆立つ毛並みの一本一本すらはっきりと見て取れるほどに。

 今回、キダジャと言う名の竜乗りが追い込んできたのは、猪に角が生えたような姿をした野生の魔物だった。二頭いる。


 ピッ、と僕は小さく口笛を吹いた。フュリへの合図だ。

 間髪入れず、フュリが口からお得意の火炎弾を吐き出す。ただし、以前にバギーを爆発させたような大火力のものではない。息を絞って、牽制を目的とした一発。

 魔物たちの足下に弾ける。一瞬、魔物たちの足が止まった。


「今っ!!」


 そこを逃さずにまず一発。引き絞られ、今か今かと時を待っていた矢が一直線に魔物の眉間を貫いた。

 すかさず二射目。こちらも狙いあやまたず、併走する二頭目の眉間に吸い込まれる。

 どう、と二頭の魔物が地に倒れた。


「お見事です、婿殿。また腕を上げられましたな!」


 仕留めた魔物たちの所で合流したキダジャが、破顔して僕の肩を叩いた。


「その婿殿っていうのは、ほんと勘弁してほしいんだけど……」

「婿殿は、婿殿です」


 僕の抗議を笑顔のままで聞き流したキダジャは、腰に差した短刀で素早く一頭の首筋を切って血を抜き、もう一頭は”報酬”として狩りを手伝ってくれた竜たちに分け与える。

 キダジャの許しを得た三匹が、夢中で魔物をついばみ始めた。


「クゥ……」


 それを見たフュリが、物欲しそうな声を上げる。


「いいよ。仲良く食べるんだぞ」


 フュリの背から降り、首を叩いて労をねぎらってから、僕は言った。

 一度僕の頬に顔を擦り付けて親愛の情を示してから、フュリも他の三匹に交じって食事を楽しみ始める。


「連中の食事が終わるまで、こっちも」


 言って、ガストンが懐から水筒を取り出した。

 中には山羊の乳を発酵させて作った酒が入っている。

 酒と言ってもアルコール分は微々たるもので、竜牧民たちは子供の頃からごく普通に飲んでいる。

 以前シオに宣言して以降、酒宴でも強い酒は一滴もやらなくなったガストンも、これだけは例外として口にしていた。


「大物を仕留めた祝いに」

「フュリたちの働きに」

「婿殿の一段の成長に」


 ガストン、僕、キダジャの順で水筒の酒を回し飲みした。口の中に、ほのかな甘みと独特の酸味が広がっていく。僕は、この味が好きだった。

 最後に、キダジャが水筒を再び僕に渡してきた。


「……大いなる地母に」


 受け取った僕は、水筒に残っていた最後の一口分を大地にまいた。


 帝国本土を追われ、この辺境にやって来てから早半年。

 僕は、ここで”生きて”いた。

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