第34話 覚醒する『目』

 闇夜の中を、くさび形の編隊を組んだ竜たちが風を切って飛んでいく。

 乗り手であるキダジャたちは、他の仲間がどこを飛んでいるのかろくに見えていないだろう。

 しかし、竜たちが編隊を崩すことはない。

 竜たちは人間を遙かに上回る視力と、嗅覚とを備えている。だから、事前に編隊のリーダーを務める竜……つまり、僕が乗るフュリを追うようにと指示しておけば、基本的に竜たちは乗り手の意志とは関係無く勝手に飛んでくれるのだ。


 僕だけは、『目』を使ってすべてを見ていた。

 まったく自分でも信じられないことだが、能力を自覚してから僕の目はどんどんその”性能”を上げてきているようだった。

 今も、僕にはこの漆黒に塗りつぶされているはずの戦場の様子が、手に取るようにわかる。

 まるで僕自身の目が、『竜の目』に置き換わったかのようだ。


 そんな僕の視界の中で、ついに3台の装甲車が動き出すのが見えた。

 第一陣として突撃させた部隊が、ガストン言うところの「火炎三段撃ち」によって完全に進行を阻まれ、大混乱に陥っていることがようやく伝わったのだろう。


 さすがにあれは危ない。


 装甲車の主武装は、通称『咬竜こうりゅう』と呼ばれる重機関銃二門だ。ひとたび放たれれば、毎分500発近い魔力結晶弾を戦場にばらまく。

 仮に三台が横並びになって攻撃されれば、文字どおり竜をも咬み殺す弾丸の暴風雨によって竜たちも村も一巻の終わりになってしまう。


「フュリ、撃て!!」


 まずは足を止める! 僕の指示を受けて、一度大きく息を吸い込んだフュリが、特大の火炎弾を吐き出した。狙いは、装甲車の動輪部分だ。


 以前に僕たちが乗ってきた軍用バギーを一撃で大破させたフュリの火炎弾である。それを更に至近距離から打ち込まれては、動輪に施された多少の防御術式コーティングなどおまじない以下でしかない。派手な爆音を上げ、一台が大きく進路を乱した。


 この一発を口火に、後続の竜たちも次々に火炎弾を発射するのがわかった。

 フュリほど強力なものではないが、それでもまとめて当てれば威力は十分。装甲車の足下から次々と火柱が上がった


「に、逃げろっ!!」


 後部ハッチが開き、半狂乱になった兵が飛び出してくる。

 だいぶ興奮した様子のフュリが、動く物はすべて撃つ! と言わんばかりに再び息を吸うのを、僕は慌ててなだめた。


「撃たなくていい。殺しちゃダメだ!」


 あの兵たちだって、ある意味では被害者なんだ。

 カバシマのような男が指揮官でなければ、罪も無い人々から略奪を働くような真似はしなかった……と思いたい。


 罪を償わねばならないのは、カバシマである。


(どこだ!? どこにいる!?)


 装甲車から飛び出してきた兵たちの中に、僕はカバシマの姿を探した。

 一刻も早く見つけて捕らえる。そして、この馬鹿げた戦いを終わらせる。


 僕は目をこらした。

 双眼鏡のように遠くの物を見る力。闇夜を昼間のように見通す力。それほどの能力があるならば、探している人物を一瞬で識別する力があったっていいはずだ。

 見つけてくれ。僕の……『竜の目』!


 その時だった。

 パァン! と頭の中で何か乾いた物が弾けるような音がしたかと思うと、僕の視界が突如として”拡張”された。


(こ、これは!?)


 遠くが見える。暗闇でも見えるというレベルの話ではない。


 ——すべてが、見えた。

 

 風の流れが見える。

 周囲で発せられる熱が見える。

 そこに息づく生命が見える。


 それぞれが、青、赤、黄色と輝く光になって、僕の視界を埋め尽くした。

 一瞬、そのあまりの情報量に僕は目眩を起こしかけたのだが、恐るべきと言うべきか、僕の脳はすぐそれに順応した。してしまった。


 結果、およそ僕の視界の中に収まるありとあらゆる『情報』が光の点や線によって表される。


 すべてが、見える。


 そう表現するしかない。

 もしやと思い立ち、僕は頭の中で見るべき情報を整理してみた。


(年齢、40代後半。中肉中背、成人男性。体型は肥満気味。よって、兵たちよりも発する熱量は多い……)


 更に、ガストンと偵察した時に見た、カバシマ中佐の顔を思い浮かべる。

 効果はてきめんだった。

 あれほど僕の視界の中で荒れ狂っていた情報が一気に整理され……混乱する部下たちを見捨てて、ひとり草の影から影へと渡って逃げ出そうとするひとりの男の姿が、くっきりと浮かび上がってきた。


 僕は内心で胸をなで下ろす。

 どうやら、これで僕は嘘つきにならずに済みそうだ。

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