第33話 火炎三段撃ち
「キダジャおじ! 始まった! 敵が来る!」
「まことか、ヤガ!? ……おい、皆の者。いつまで食っておる、行くぞ!」
集められたのは、いずれも弓の腕に覚えのある20名ほどの有志だった。
弓だけでなく、竜の扱いにも長けた者らなのは言うまでもない。
「これが人生最後の酒かもしれんのだ、ゆっくり飲ませてくれ」
「馬鹿を言うな。婿殿は誰も死なせぬと請け合ってくれたではないか。立て立て」
「わかりましたよ。じゃあこれが最後、ひとくちだけ」
「おひい様が手ずからご用意してくださった汁物など、そうは食えないというのに。粗末にしたら大いなる地母の罰が当たるぞ」
「戻れば食える。生きて戻れ。次は戦勝の宴じゃ」
サーリヤが先頭に立ち、村の女たちが用意した大鍋いっぱいの料理と酒を名残惜しそうに見やりながら、男たちは立ち上がった。
立てば、その表情は狩人のそれに変わる。
「旦那様は既にすべての準備を整えておいでです。東より来たる約束の目を持ちし御子の予言……そして、先だっての私の星読み……すべては大いなる地母の祝福の下、繋がっています。旦那様を信じましょう」
支度を整え、全員が竜にまたがったところに正装したサーリヤが姿を見せた。
「おひい様、その格好は? 戦が始まれば、女子供はできるだけ村を離れることになっておるはず」
驚いたキダジャが問いただすと、サーリヤはいつものように艶やかに微笑んだ。
「夫となるべき方が命を賭して村を守ろうという時に、私だけ逃げるなど許されません。私は、旦那様の勝利を信じて村に留まります」
「おひい様……。お言葉を返すようですが……村におひい様が残られると知っては婿殿は……」
「旦那様は既にご承知です。……と言うよりも、旦那様は私に重要な役目をお任せくださったのです。ですから私のことは気にせず、皆は行きなさい。必ず、旦那様のお力になるのですよ」
居並ぶ面々を見回して、サーリヤは言った。
年若いがその声には一族を率いる者の威厳に満ちていた。男たちは、神妙にうなずく。
「しからば……ご免。おひい様もどうぞお気を付けて」
闇の中、20匹ほどの竜たちが音もなく垂直に舞い上がっていった。
その姿はすぐに闇夜に溶け込み、見えなくなる。
「大いなる地母のご加護あらんことを……」
サーリヤの祈りもまた、風に乗り、闇へと流れた。
◇◆◇
僕自身はまったく知らなかったけど、『火炎三段撃ち』とはよく言ったものだ。
ガストンが攻撃を加えるタイミングは本当に的確だった。
しばらくの間、ろくな食事も取れていないだろうカバシマ指揮下の兵たち……いや、山賊たちは、
「あそこだ! あそこまで進めば食い物があるぞ!」
「酒もだ!」
口々にそんなことを叫びながら、暗い草原をただまっすぐに駆けてきた。
山賊たちの陣は、風下だ。サーリヤの得意料理である羊の煮込みの匂い……満腹の時ですら思い返せば腹が鳴るあの匂いをたっぷりと嗅がされては、たまらないだろう。
兵力は自分たちのほうが多い。何を恐れることもない。一気に突っ込んで村を落とす。
……そうすれば、この耐えがたい飢えを癒やせる。
ただ、それだけ考えて突っ込んでくる姿は、追い込まれた狩りの獲物も同じだ。
そこに、横一列に並んだ竜たちの火炎弾斉射が待ち構えている。
上空から『目』で見ていると、哀れさを覚えるほど完璧に攻撃は成功した。
慌てふためいた山賊たちが、闇夜の中で右往左往する。
ようやく攻撃を受けた方向を見定めて発砲するが……既にそこには何も無い。竜たちはとっくに散開してその場から姿を消している。
「つ、つまらん罠を張りやがって! こけおどしだ! 行け行け行け!!」
一度目の攻撃が収まったところで再び進もうとすると、二度目、三度目の火炎弾が襲いかかってくる。
ガストンは、僕の指示を自分なりにアレンジして、わざと高低差を付けて攻撃させていた。
時に竜を伏せさせ、時に飛ばして上空から。
次はどこから撃たれるかわからない恐怖。これで、完全に山賊たちの足は止まった。
だが、時間をかけるわけにはいかない。
今足を止めたのは、主に歩兵だ。カバシマ秘蔵の装甲車が、この後に少なくとも三両は控えている。
それが出てくる前に僕は勝負をつけるつもりだった。
「キダジャたちが来る。行こう、フュリ」
僕が声をかけると、それまで風を捕まえるだけでゆっくりと戦場の上空を旋回していたフュリが、バサリと大きな音を立てて翼膜をはためかせた。
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