第32話 えげつない酒宴

「酒宴の準備をしているだと?」


 タルミ=カバシマ中佐が副官の報告を受けたのは、その日の夕食にナイフを通そうとしていた時だった。


「斥候の話では、この先に野営しているのは……まぁ名も無き辺境の少数民族どもです。女や子供も含む、総数百名前後の小集団を『村』と呼称し、家畜の餌を探しながら草原のあちこちを徘徊して暮らしているとか」

「まるで原始人だな。連中、我々の接近に気付いていないとみえる」

「我々が襲撃……いえ、接触した隊商たちとは交流があるようですが、それも数ヶ月ごとに多少の交易をする程度で、最近隊商が姿を見せないことも特に不審に思ってはいないのではないでしょうか」

「ふん……それにしても酒宴とは、忌々しい!」


 言って、カバシマはやおらナイフを逆手に持ち直すと、皿の上に置かれた小さな茶色い塊を突き刺した。それは、わざわざナイフとフォークで食べるまでもない、がちがちに固まった携行食レーションだった。


「我々がこのような食事とも呼べぬような代物で耐えているというのに、原始人どもは酒盛りだと? 許されるわけがなかろうが!」


 カバシマの皿の隣には、くすんだワイングラスも置かれている。ただし、中に入っているのは近くの小川でくんだ水を湧かし直したものだ。本当なら、このグラスには懇意にしている本土の百貨店から送らせた高級ワインがなみなみと注がれているはずだった。それが、更にカバシマを苛立たせる。


「どうなさいますか?」


 副官が、カバシマを促す。その声には、非常に野蛮で卑しい期待感がこもっていた。


「兵どもにも、そろそろ酒の一杯も与えてやらんと飼い主の手を噛みかねんか……」

「左様でございますね……」


 カバシマと副官、ふたりの話は一瞬でまとまった。

 すぐに出撃準備の命令を、カバシマは下したのだった。


 ◇◆◇


「なんで、宴会なんです?」


 牛追いに使う革の鞭を意味も無くひゅんひゅんと振り回しながら、ガストンが聞いて来た。


「シオの地図には、襲われた隊商たちが扱っていた商品の内容も書かれていたけど……その中に食糧はほとんど無かった」


 地面を歩かせているフュリの手綱を引きながら、僕。

 フュリには翼も畳ませて、その上から更に服や靴に加工する前の獣の毛皮をかぶせている。

 フュリだけではない。後ろに続く19匹の竜たちも同様だ。

 更には、似たような一団があとふたつ、つかず離れずの距離でついてきているはずだ。


 もちろんこれはカモフラージュである。奴らにわざわざ竜の存在を教えてやる義理はない。

 すっかり日も暮れた時間帯である。こうしておけば、どこかで様子をうかがっているに違いない敵の斥候には、僕たちが牛のような獣に餌を食ませているように見えるだろう。

 少し考えれば、日が暮れてから家畜の餌を探すなどおかしいと気付くだろうが……カバシマたちが辺境に散らばる少数民族の生活について詳しい情報など知っているはずもない。


「ソウガさん、意外とえげつないこと考えてたんですなぁ」


 また形だけ鞭で竜たちを追うような仕草をして、ガストンは言った。


「空腹に勝つってのは……難しいよ」

「なんだか実感がこもっていらっしゃる」

「魔族の中にも頭が切れるヤツってのはいてさ、一度見事に補給線を断たれた状態でボロい砦に籠城する羽目になったことがある。あれはしんどかった……何度も食い物の幻覚を見たよ」

「……今、連中の目の前にあるのは幻覚じゃない。本物の温かい料理ってわけだ」

「サーリヤに頼んで、香辛料をたっぷり使った汁物を大鍋にいくつも用意させた。その匂いは確実に、風に乗ってやつらの所に届く」

「潤沢な食糧が無いことは、先日の偵察で確認済み……そこにこの匂い……俺たちにまで、効きますなぁ。さて、何人理性を保てるやら」


 話をしている間に、目的地に到着した。

 手はずどおりに竜たちを適当に寝そべらせる。食後の休憩という体裁だ。別に位置がバレたところでどうということはないので、焚き火なんかして雰囲気を出してやる。


「一杯どうです?」


 声が聞こえる範囲に斥候が潜んでいるのを半ば期待しているかのようにガストンが大きな声を出し、例の山羊乳酒やぎにゅうしゅを取りだした。

 いいねと応じて、僕もこれ見よがしに差し出された杯を飲み干す。


「……それで、飢えた獣どもがなりふり構わず突っ込んでくるところを、竜を使った『火炎三段撃ち』で迎撃ですか。なるほど、恐れ入りました」


 さすがにこれはぐっと声を潜め、ガストンは言った。


「火炎三段撃ち?」

「まだ帝国本土が群雄割拠していた大昔、後の初代皇帝オオダ一世が、ライバルだったタゲジ一族の騎馬軍団を、炎を操る魔術師たちによる波状攻撃で仕留めた逸話の再現でしょう?」

「……なにそれ?」


 そんな話、聞いたこともなかった。


「学校で習うでしょうが」

「だから、僕は士官学校出てないって……」

「いやいや、そうじゃなくて。普通に国民学校の、歴史の授業で。あの辺の時代は、帝国の成立に関わる部分だからみっちりやらされるでしょうが」


 そう……なのか?

 僕は、ほっと息を吐いた。


「普通の学校も……僕は通ったことなかったから」

「ソウガさん……。ああいや、それは……失礼を」


 僕の返答に、ガストンが決まり悪そうに頭をかいた時だった。

 傍らのフュリが、急に顔をもたげて口先で僕の頬をつついてきた。

 敵が、ついに動き出したのだ。


「……ガストン、ここは任せる。攻撃は君の判断で。ただし、十分に引きつけてから」

「了解です。ソウガさんも……お気を付けて」

「ああ。一気にケリをつける!」


 フュリのカモフラージュを剥ぎ、僕はその背に飛び乗った。

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