第35話 末路
「原始人どもが竜を手懐けているだと? ……冗談ではないわ!」
タルミ=カバシマ中佐は、最初に伝令からもたらされた情報をまるで信用していなかった。
竜など、今やその名前だけが伝えられるような生物ではないか。
帝国臣民の中で本物を見たことがある者がどれほどいるか。
「そんな生き物が人に飼われて暮らしているだと? しかも、数十匹もの群れで襲いかかってくる? 馬鹿どもが、幻覚でも見ておるのか?」
そう副官を叱りつけたが、副官は青ざめた顔で首を振って、通信士にすべての音声をカバシマにも聞かせるよう命じたのだった。
副官の命を受けた通信士が機器を操作した瞬間、
「また来る! どこからだ!? 炎が……炎がっ!」
「敵の波状攻撃です。り、竜が吐くと思われる高熱の火球がひっきりなしに……! 司令部! 救援を請う! 繰り返す!」
装甲車の車内に、間断無い爆音にかき消されそうになりながら、必死に訴える誰かの声が響き渡った。
「ええい! 原始人どもの小賢しい罠に惑わされるな! ……もうよい! 救援が欲しいのなら行ってやる! 装甲車部隊を前進させろ! 三台ともだ! 竜だかなんだか知らんが、重機関銃の連射で引き裂いてしまえばしまいだ!」
通信を切らせてから、カバシマは怒鳴った。
すぐさま副官が、
「お、お待ちください」
と注進してくるのをにらみ付ける。
「だいたい、貴様が悪いのだ。兵は飢えているから、目の前に食糧があるとわかれば死に物狂いで戦うだろうと言ったのは誰だ!? 未だに銃も知らず、弓矢で狩りをしているような連中など、あっという間に片付くと豪語したのは誰だぁ!?」
「そ、それは……」
「わかったならその口を閉じておれ、無能者が!」
目を血走らせ、カバシマが副官に掴みかからんばかりの勢いで迫った、その時だった。
地の底から突き上げられるような衝撃が車内を襲い、カバシマは足をもつれさせて冷たい床に頬を叩きつける羽目になった。
それからはもう、悪夢であった。
立て続けの爆発が二号車、三号車を襲った様子が運転席の小窓から見えるや否や、
「り、竜だ! 焼き殺される! 嫌だ! そんなのは嫌だぁ!」
最後まで持ち場を死守すべき運転士が、後部ハッチを開けて真っ先に逃げ出したのである。
次に通信士が、更に観測士も……しまいにはカバシマの身を守ることを任務としている護衛の二名が、副官が、車内の全員が倒れたカバシマに手を貸そうともせずに装甲車の外へ飛び出していった。
「ま、待て! 待たんか! 貴様ら、わかっておるのか!? ナロジアの奴らが求める物を見つけられねば、我々の……ワシの命は……」
カバシマが発した制止の声が、むなしくハッチの外へと散っていく。
事ここに至り、ようやくカバシマも事態が己の想像を超えて悪い方向へと転がっていることを理解し始めていたが、すべては後の祭りだった。
「わ、ワシを置いていくな……! ワシは貴様らの上官だぞ!」
車内に、魔鉱機関の異常を示す警報音がけたたましく鳴り響くのを危機、ようやく身を起こしたカバシマも装甲車から這い出るように脱出したのだが、目の前に広がるのは漆黒の闇ばかりだった。
「し、知らんぞ……ワシは知らん。貴様らが先に逃げ出したのだ。ワシは……ワシは最後まで戦おうとしたのに、貴様らが協力を拒んだのだ。ならば……い、致し方ない! ワシは中佐だぞ? 貴様らのような下っ端とは命の価値が違うのだ。こうなれば、ワシだけでも無事にここから逃げ……いや、戦略的撤退を図るのが義務というものだろうが!」
醜悪極まりない言い訳と自己弁護を誰に向けるでもなく垂れ流しながら、カバシマは暗闇の中ではめていた腕時計に目を落とした。
腕時計には、方位磁針が備わっている。穴の開くほど見つめ、どうにか方位は確認した。
北だ。北へ向かうのだ。元来た道を、一目散に。夜通し歩けば、本拠地としていた森の中にはいくらかの物資と武器が……。
そこまで考えたところで、不意に頭上から舞い降りてきた”何か”が、カバシマの両肩をがっちりと掴んだ。鋭い短剣のような物が肩に食い込んだ感触がしたかと思うと、悲鳴すら上げる間もなく、カバシマの体は……ふわりと宙に浮かんでいた。
己の肩に食い込むそれが、強靱な竜の後ろ脚に生えた爪であったことをカバシマが知ったのは、しばらく後のこと。縄を打たれ、目隠しをされた惨めな姿で獣臭い床に転がされ、彼が原始人と蔑んだ者たちの虜囚となったことを否応なしに理解させられてからであった。
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