第25話 疑惑の装甲車

「車体の側面に識別番号があるはず。そっちから見えないか?」

「見えません。ですが……」

「ですが? ……って」


 双眼鏡から目を離したガストンが、僕に近付いてくる気配がした。

 僕も”目”を解いてガストンに向き直ったのだが、そこで思わず言葉を失う。

 闇夜の中でぼうっと浮かび上がるガストンの表情が、これまでに見たことがないほどの怒りで染め上げられていたのだ。


「装甲車の土手っ腹に、派手な引っ掻き傷が付いてやがるでしょう? 狭い岩場を無理に通ろうとしてああなったんですよ」

「なんでそんなことがわかる? ……いや、まさか!?」


 ガストンがうなずいた。


「忘れもしませんや。俺は無理だって言ったんです。こんな場所で立ち往生でもしたら、後続まで身動き取れなくなっちまう。迂回すべきだ……ってね。でもガバジマの野郎が俺ごときの進言に耳を貸すはずもありませんや。そしたら、案の定だ」


 ガストンの話を信じるなら、あそこに停まっている装甲車は、ガストンの古巣……カバシマ中佐率いる機甲部隊のものということになる。


「装甲車は結局、ガストンが危惧したとおりに岩に挟まれて動けなくなった……」

「ええ。そしたらあの野郎、今度は『どうしてもっと強く進言しなかった!?』と来た。俺はもういい加減馬鹿馬鹿しくなって無視してたんですが、それも気に食わなかったんでしょうな。その場で軍曹から降格を言い渡してきやがって、俺をかばってくれたタジマやジャンもろともロガ自治区に放り出されたってわけで」

「確か、カバシマ中佐はナロジア王国の捕虜になったって言ってたよね? ということは、装甲車が立ち往生している間にナロジア軍に襲われたとか?」

「かもしれません。あの様子じゃ少なくとも丸一日は進軍できなかったはずだ。でも、その前に俺たちは部隊から叩き出されてましたんで……」

「運が良かったのか、悪かったのか……いや、この際それはいいや。問題は……どうしてナロジアに鹵獲ろかくされたはずの装甲車が、山賊どもの持ち物になっているのかってことだ」


 どうにも嫌な予感がしてきた。

 考えられる可能性はふたつ。

 ひとつは、ナロジア軍の中に不心得者がいて、戦利品を適切に扱わずに外部へ横流ししたというもの。

 山賊の中にナロジア軍とパイプがある人間がいれば、そう無理筋な話ではない。


 ふたつ目。

 これはもっと深刻な事態を意味する。

 確かにカバシマ中佐はその時、ナロジア軍に襲われて捕虜となった。だが、何らかの理由で解放されたという線だ。

 装甲車を含む装備品や兵員ごと解放されることなど普通はあり得ない。だが、カバシマ中佐とナロジア軍との間に何らかの交渉、あるいは取引がなされたとすれば……。


「ガストン、もう一度周囲にいる連中の顔をよく見て。見知った顔がいないか?」


 僕が言うと、ガストンはすぐさま僕の言わんとするところを察した様子で頭を振った。

 やり切れなさがにじみ出ている。


「さて、どうですかね……申し訳ないが、あの頃は始終ウンザリしてたもんで兵士たちの顔なんざろくに覚えちゃいねえんですよ」


 それでも、求めに応じて双眼鏡を目に当てたガストンだったが、ややあって、


「ああ……」


 と、脱力したように息を吐いて、僕を見た。


「今、焚き火の向こうから忘れたくても忘れられねぇ顔が……」


 すぐさま、僕は再び”目”を発動させた。肥えた中年の男が増えていた。

 剥いたゆで卵のようなつるりとした頭に、焚き火の赤がてらてらと反射している。


「カバシマ中佐ご本人でさぁ……」


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