第4話 辺境の首都

「飛竜? ……って、ドラゴン? あの?」

「はい。中将は、竜を見るのは初めてですか?」

「そう……だね。本物を見るのは」


 バギーが進むにつれ、最初は点のようにしか見えなかった飛竜の姿がはっきりしてきた。

 長い首、コウモリのように翼膜のついた前脚、大きなかぎ爪のついた後ろ脚。

 本の中でしか見たことのない生き物が、僕の頭上を優雅に旋回していく。


「あれは、いわゆるワイバーンだね」

「よくご存じですね、中将」

「あー、ごめん。悪いけどその、中将っていう呼び方はちょっと……」


 へ? と驚いたような声をあげたシオが、一瞬僕の顔を見た。


「でも……中将は、中将ですよね?」

「もう中将じゃないんだ」

「あ、あー! し、失礼しました! 昇進なされたのですね! では、大将? ……は!? もしかして元帥閣下!? ああー! だとしたら、わち、なんて失礼な……」

「いや、してない。今の僕の階級は上等兵だよ」


 ふう、ようやく訂正できた。喉に刺さった魚の小骨が取れたような気持ちで僕がほっと息をつくと、


「なるほど……。わち、了解いたしました」


 シオが、真剣な表情でうなずいた。わかってくれた……のか?


「そういうことなんだ。だから……」

「ご身分を偽っての極秘任務……というわけですね? なるほど、それで解放の英雄ともあろうお方が、このような辺境に」

「うーん……」


 伝わってない。伝わってないぞ。むしろ、妙な誤解を招いてしまった……。

 けどまあ、普通は信じないよなぁ。


「では、ちゅうじょ……じゃない! えっと、わちは閣下をどうお呼びしたら」

「ソウガでいいよ。ついでに言うと、閣下もやめてね」


 細かい経緯を説明するのもなんだか馬鹿馬鹿しくなって、僕はシオに聞かれたことだけ答えた。

 表情を変えず、シオが何度かうなずく。


「わかりました。ソウガ……様。これでよろしいですか?」

「うん、まぁ……じゃ、それで」


 本当は、「様」も勘弁してほしいところだけど、あれもこれもと注文をつけるとかわいそうだと思い、僕もあいまいにうなずいた。


 そんな会話をしているうちに、シオの運転するバギーはいつしか小さな集落のような場所に到着した。

 どうやら、ここで車を降りるようだ。


「ここは?」

「ロガ自治区の『首都』です」

「首都!?」


 こ、この小さな集落が? 見た感じ、石造りの小屋が数軒あるだけの、村とすら呼べない場所が……首都!


「やるなぁ……辺境」


 さすがに僕も面食らって、自分でもよくわからない感想が口をつく。

 シオが笑った。


「驚きましたか? でもほら、あそこにソウガ様がお勤めになる政庁もありますよ」


 政庁……。確かに、本土の安下宿といい勝負といった小屋の一軒に、『旭光帝国ジュシュ開拓領ロガ自治区行政府』と大げさにも程がある看板がぶら下がっていた。

 これはもう、笑うしかない。屋根があるだけマシと考えるべきだろう。


「……ま、今の僕にはこのぐらいがちょうどいいってことかな」


 言って、僕は大した物も入っていないトランクをバギーから降ろす。

 とりあえず、この立派な政庁の中に置かせてもらおうと歩き始めた、その時だった。


「……おやぁ? 誰かと思えば、ニト族の少尉殿じゃあございませんか」

「あれあれ? 帝国本土へご留学もされたエリート様が、こんなド辺境になんのご用で?」

「ニトのウサギ小屋はこっちじゃございませんよぉ?」


 政庁の建物から、ぬっと三人の男たちが姿を現した。

 全員、帝国軍の軍服を着ている。……一応、は。

 その三人を見た瞬間、シオの全身がびくっとこわばり顔から血の気が引くのがわかった。


「あ、あ、あなたたち! ま、また勝手に政庁に入って! そ、それにお酒臭いです! 今はまだ、き、き、勤務時間……」


 顔色を失ったまま、シオが精一杯といった感じで声を絞り出した。

 そのうわずった声を聞くやいなや、男たちは一斉に下品な笑い声を立てた。

 僕は一瞬でこいつらが嫌いになった。

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