第3話 ロガでの出会い

「そ、ソウガ=タツミヤ中将閣下でいらっしゃいましゅね!」


 出会い頭、その女性兵は死ぬほど緊張した面持ちで僕を見て……そして盛大に噛んだ。

 場所は、ロガ自治区最寄りの無人駅。

 駅と言っても駅舎はない。ただ、線路の脇に「ロガ」と書かれた朽ちかけの看板だけが立っている、そんな場所だ。降りた乗客は僕だけ。


「君は?」

「シオと申します! キシロ中将のご命令により、お迎えにあがりました!」

「ユミナから? じゃあ、君が例の……案内役?」

「はっ! そうでありましゅ!」


 ……また噛んだ。

 僕は吹き出しそうになるのをこらえ、改めてシオと名乗った女性兵を見る。

 軍帽のてっぺんに穴が空いており、そこからウサギによく似た大きな耳が飛び出している。

 背丈は僕の胸ぐらいまでだろうか。成人だとすると、だいぶ小さい。着ている軍服もサイズが合っておらず、だいぶ袖をまくっている状態だ。


「ニト族の帝国軍人っていうのは……初めて会ったな」

「恐れ入りましゅ!」


 三度目はもう、ダメだった。

 シオには大変失礼ながら、僕はとうとうこらえきれず……。


「はうっ! わち……私、ちゃんとごあいさつもできず……」


 自分でも気付いたのだろう。シオは耳をくたりと垂れ下がらせたかと思うと、真っ赤になってうつむいてしまった。僕は大慌てで手を振った。


「ご、ごめん! 悪かった! そんな緊張しないで」

「む、無理ですぅ。魔族からジュシュを解放した光魔大戦の英雄……タツミヤ中将が目の前にいるなんて……わち……わち……」


 この子は、本当に軍人なんだろうか? 特徴的なウサギ耳の印象と変わらない、小動物的な可愛らしさで全身をぷるぷる震わせ、シオは両手で顔を覆う。


「それは一旦忘れよう。僕は命令でここに来た一介の駐在武官。そして君は、案内役。いいね?」

「す、すみません〜。わち……私、中将どころかちゃんとした軍人さんとお話したこともほとんどなくて〜……あや! そ、そうではありませんで!」

「普段どおり喋ろ? ね?」


 ほとんど子供をあやすように僕が言うと、何度かの深呼吸の後にようやくシオは少し緊張が解けた様子で、初めてまっすぐ僕の顔を見てくれた。


「お、お優しい方で良かったです。軍人さん、厳しい人が多いから……じゃなくて、お仕事! わち、車で来たんです」

「車があるのか。助かるなぁ」


 無事、自分の仕事も思い出してくれたようで、シオはしきりに「どうぞ、中将。どうぞ!」とぶかぶかの軍服から伸ばした手で僕を案内する。

 その様子があまりに一生懸命なものだから口を挟むのも悪いと思ってしまい……僕はすっかり自分の階級を訂正するタイミングを失ってしまった。


(ま、いいか……)


 これから時間はいくらでもあるのだ。そう思い直し、僕はシオが用意してくれた車に乗り込んだ。

 オープンタイプの軍用バギー。帝国陸軍ではありふれた代物だ。唯一他と違うのは、小さなシオでも運転できるようにペダル類がずいぶん長く作られていること。

 逆に言うと、これはシオにしか運転できないということだ。


「出発します」

「よろしくどうぞ」


 存外、慣れた手つきでクラッチを繋いだシオは、するりとバギーを走らせ始めた。

 六式と呼ばれている魔導機関が、特有の甲高い駆動音を立てて僕とシオを運ぶ。

 ロガの乾いた風が、気持ちよく頬を打った。


「この辺は、ずいぶん荒れ地なんだね」

「はい。まだ光魔大戦の影響が強く残っていて…残留魔素が多くて砂漠化してしまっているんです」

「そうか……まだそんなに」

「でも、見てください。あっちはほら……」


 さっきまで垂れてしまっていた耳をピンと風に向かって立て、シオがバギーの進行方向を指さした。

 彼女の指さす方向に、僕も目をやる。


「これは……いや、これが……ロガか」


 見えたのは、どこまでもどこまでも無限に続くかのような雄大な草原と丘陵……そして、工場の煤煙で薄灰色に曇った帝国本土の空とはまるで違う、美しい青空だった。

 その青空の中を、いくつかの小さな影がゆっくりと旋回しながら飛んでいる。


「鳥……かな?」


 僕が尋ねると、シオは「いいえ」と短く首を振ってから答えた。


「飛竜です」

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