第2話 帝国ド辺境へ

 あの「軍事法廷」から数日が経った。

 僕は完全にすべての任務、役職を解かれ、自宅待機を命じられていた。要は、引っ越しの準備をしておけということだ。

 新兵時代から住ませてもらっている下宿にユミナが尋ねてきたのは、荷造りもあらかた終わった頃のことだった。


「なんであんな判決を受け入れた!」


 部屋に入るなり、ユミナは僕に掴みかからんばかりの勢いで言った。家具も何もかも運び出されて、がらんと殺風景な部屋に、ユミナの声はよく響いた。


「そうしなきゃ、君がアマガを斬ってた」

「それで良かった。アマガを斬って、私も腹を切るつもりだった」

「いや、全然良くないって」


 やっぱり、僕の判断は間違っていなかったみたいだ。


「君がいてくれなきゃ、残された僕の部下たちがどんな目に遭わされるか……わかるだろ?」

「それは……では、部下たちを守るためだったと?」

「それもあるけど……もう戦いはいいかなって、さ」

「どういう意味だ?」

「15で軍に入って、ちょっと運良く武勲を立てただけで、どんどん出世させられて……平民出身の僕が20代で中将なんていうのが異常なのさ。それで来る日も来る日も戦争戦争、また戦争。正直、ちょっと疲れたよ」


 ここ数年、ずっと胸の内にしまっていた本音を僕はユミナに告げた。ユミナの目が丸くなった。

 僕は続ける。


「アマガがどんな手を使ったか知りたくもないけど、ナロジアと休戦協定を取り付けたのは事実だ。つまり、しばらく戦争は無い。その前の南方平定が僕の最後の仕事……これで良かったんだよ」

「だからと言って……ロガ自治区の駐在武官だぞ? 辺境も辺境だぞ?」

「ロガって、帝国本土と違って色んな民族が住んでるんだろ? 楽しそうじゃないか」


 ユミナには悪いが、言ってしまうとなんだか本当に肩の荷が下りた気がした。

 僕は笑ってユミナに手を差し出し、握手を求めて言った。


「今までありがとう。『赤雷』と一緒に戦えたこと、光栄だったよ」

「お前という奴は……まったく……」


 ユミナはまだ何か言いたそうだったが、最後は黙って僕の手を握ってくれた。


「せめて餞別代わりに、ロガでの案内役を用意させてくれ。既に辺境基地を回る輸送機に便乗させて、現地に送ってある」

「わざわざ輸送機で? そりゃ助かる」


 十日後。

 僕は船で帝国本土からユジレア大陸に渡り、ジュシュ開拓領へと入った。

 僕がジュシュに来るのは、もう十年ぶりくらいだろうか。

 ジュシュを含むユレジア大陸は、かつて凶悪な魔族たちによって支配され、暗黒大陸と呼ばれた時代があった。

 小さな島国に過ぎなかった当時の旭光帝国にも魔族の侵略が迫り……まだ子供だった僕も祖国を守るために軍へ入った。

 それから数年のことは、あまりよく覚えていない。本当に運良く生き残っただけで、一般兵から隊長に。気付いたら将官になってしまっていた。つまらない二つ名もいくつかもらったような気もする。

 最終的に、偶然の巡り合わせが重なって魔族の長……つまり魔王との決戦に臨むことになり、これまた運良くその戦いも生き残ったことで、「解放の英雄」なんて呼ばれることになってしまった。


「それが、良くなかったんだよなぁ……」


 今ではすっかり平和になり、帝国領となったジュシュの首都・シンラクで魔導機関車に乗り換えた僕は、流れゆく車窓の風景をぼんやり眺めながらひとりごちた。


 解放の英雄……そんなものにならなければ、アマガに目の敵にされることもなかったはずだ。

 だがまぁ、今更過去は変えられない。


 そんなことを考えながら魔導機関車に揺られること、更に三日。

 ようやく僕は帝国領の西の端、最果てド辺境、ロガ自治区に到着したのだった。

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