第5話 「生き残れた」理由
「少尉殿ぉ。どういう理由で地元に戻られたかは知りませんが……毎日何をやってらっしゃるんで?」
「そうそう。毎日真面目くさってあれこれと……俺たちへの当てつけですかい?」
「ほら、わかったらそこ退けってんだよチビぃ!」
「あ、あう……でも……お仕事は……」
シオに絡んでいる軍人たち(とは思いたくないなぁ)の階級章は、二等兵がふたりに上等兵がひとりだった。年の頃は三人とも三十歳前後って感じだろうか。
そんないい年した大人の男が、寄ってたかって女性に絡む……なんとも醜い光景だった。
「やめろ」
抱えていたトランクを地面に置き、僕はシオと帝国兵たちの間に割って入った。
「そ、ソウガ様!」
あっという顔になったシオが僕を見上げる。
「……様だぁ? なんだてめぇは」
「階級章、上等兵ですよ兄貴」
「けっ、それがどうした。こんな青っちろいガキを同格なんて認めねぇよ」
兄貴、と呼ばれた上等兵がぐいっと間合いを詰めて来た。
仕掛けてくると思った時にはもうポケットから抜いた拳が僕の眼前に迫っていた。
けど……
「やめといたほうがいい」
上等兵のパンチが僕の顔面を捉えることはなかった。拳は、僕の右頬の横を素通りしていく。
ちなみに、僕はその間一歩たりとも動いていない。
感覚的には、パンチが勝手にそれていった感じだ。
勢いあまった上等兵が、体勢を大きく崩す。
と、僕のまぶたの奥でパチパチと細かい光が明滅するような感覚があった。
いつも戦場で感じてきた感覚。
そのまま上等兵を見ると……ああ、同じだ。これもいつものように、「ここを叩け、叩け」と誰かに指示されているような感覚。
今回は、上等兵の左の脇腹だった。僕は、大して力を入れずに、トンと軽く押すようにそこへ右手を伸ばした。
「うっげぇ!」
それでも、効果はてきめん。元々悪くしていたのだろうか、脇腹を押さえた上等兵がもんどり打って地べたに倒れた。
「てめえ!」
「よくも兄貴を!」
リーダー格をやられて頭に血がのぼった二等兵ふたりが、同時に叫んだ。いつの間にやら軍用ナイフなんか持ち出している。いくら酔っているとは言え、これは冗談じゃ済まされないぞ?
僕は、ふたりが振り上げたナイフの切っ先を見た。
(大丈夫だ)
ひとり目、逆手に持ったナイフを僕の肩口めがけて振り下ろすつもりみたいだ。しかし、狙いは大きくそれて僕の体の遙か手前をナイフが降りていった。
「手首、ひねれ」……ぱちぱちが来る。僕はナイフを握っている二等兵の手首をさっとつかむと、軽ーくひねり上げた。
ぐるん、と空中で派手に一回転した二等兵Aの体が、そのまま足下に倒れている上等兵の上に落ち、そのまま動かなくなった。
ふたり目、完全に血走った目でナイフを腰だめに構えてまっすぐ突っ込んでくる。
さっきよりも少しだけ、目の奥が熱くなった。「先制。右のアゴ」。……了解。
ナイフが僕の腹に届くよりわずかに早く、カウンター気味に繰り出した僕の左ジャブが二等兵Bのアゴ先をかすめた。
瞬間、二等兵Bの黒目がぐるりと回って、いわゆる「白目をむいた」状態になり、二等兵Bも腰から崩れ落ちた。
「やれやれ……」
倒れた三人を見下ろし、僕は頭をかいた。
最後の戦場でアマガにはめられてから、約一年あまり実戦から遠ざかってしまっていたが、僕のこの『豪運』は健在のようだった。
そう……これが、僕が軍人になってから今日まで死なずに生き残ってこられた理由。
僕はなんだか知らないが、こと戦いになると並外れて運がいいのだ。
敵の攻撃はどういうわけだか僕には当たらず、僕の攻撃はなぜだかすべて「クリティカルヒット」になってしまうという……。
「ソウガ様……すごい……。すごいですう! なんで? なんでぇ?」
一部始終を見ていたシオが、倒れた男たちと僕とを何度も見比べながら、驚愕と疑問を同時に口にした。が、「なんで」と言われてもなぁ……。
「たまたま、だよ。運が良かっただけ」
僕としては、そうとしか言いようがないんだなぁ。これを『豪運』と呼ばずして、なんと呼ぶ?
(日々の生活においてはまったく発揮されないのが困ったところなんだけど……)
などと考えつつ、下ろしたトランクをもう一度手に取ったその時だった。
「運なものかよ。ぬしが宿した力、そんな生やさしいものではないわい」
不意に背後から何者かの声がして、僕は弾かれたように振り返った。
が、
「誰も……いない?」
「ソウガ様? どうしたんですか?」
振り返った僕の目の前には、さっきまでバギーで走ってきた荒野が広がるのみだった。
今の声はいったい……なんだったんだ?
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