第9話 幻の少女と力の目覚め

「逃げろ!」


 燃え上がるバギーを尻目に立ち上がり、僕はシオの小さい体を脇に抱えて走る走る。


「わち、自分で走れますう!」

「このほうが速いから!」


 目指すは、「車から飛び降りろ」とアドバイスしてくれた竜牧民のところ。

 こういうのはもう、余計なことはしないで専門家に任せるに限る。

 ……ところが、


「なんか、あいつらも逃げ回ってませんかい?」


 並んで走るガストンが言うとおり、竜牧民たちは……なんかこう、一族秘伝の技であの暴れ竜を鎮めてくれるかと思いきや、割と普通に泡食っている!


「火が家に当たると大変だから、来るなって言ってます」


 僕の脇に抱えられ、ぷらぷらしたままのシオが言った。


「それひどくない!?」

「あの家、木と布でできてるみてぇですし……よく燃えるんでしょうなぁ」


 その間も、後方から暴れ竜がぐんぐん距離を詰めてきているのが気配でわかる。


「……ソウガさん、ここは魔王すら退けた英雄のお力でひとつなんとか」


 走りながら、ガストンが僕に向かって真面目な顔で手を合わせた。


「無いよ! そんなもの!」

「ご冗談飛ばしてる場合ですかい。魔王に比べりゃ、竜の一匹や二匹」

「そんなこと言われても……」

「でも、あの竜が火炎弾をまき散らしたら……火事になっちゃいますよ! ソウガ様!」


 ……ん〜、さすがにそれは寝覚めが悪い。仕方ない……か。


「ガストン、パス!」

「ほいきた!」


 僕がシオの小さな体をぽいっとガストンに向かって放った。


「ぴゃん!」


 シオが丸まったまま宙を舞い、今度はガストンの腕の中にすぽっと収まる。

 僕のほうは、覚悟を決めて暴れ竜に向き直ったのだが、


(お、女の子!?)


 直後に、僕は我が目を疑った。暴れ竜の背中に……女の子が立っている!?

 その子が、確かに僕のほうを見て、


「ぬしに与えし力……とく見せぃ」


 ニヤリと笑い、そして……


(き、消えた!?)


 そう、今度は陽炎のようにその輪郭が揺らめいたかと思うと……消えてしまったのだった。

 一瞬、その場で僕は棒立ちになってしまう。そこへ、


「ソウガ様!!」


 シオの叫び声が耳を打った。

 はっと我に返ると、暴れ竜が僕の目の前で大口を開けている。

 瞬間、僕の目がカッと熱くなった。


 暴れ竜の喉の奥で、真っ赤に燃え上がる火炎弾が生成されていく。しかし、やけにゆっくりだ。

 喉の奥から出てきたのは、小石か? その小石が核となり、粘性の高い唾液で包まれていく。

 唾液は可燃性なのだろう。おそらくかなりの高温になっている竜の口の中であっという間に発火し、同時に気化してガス状になった唾液が爆発する力で一気に押し出され……なるほど、これが火炎弾の原理かぁ……だったら……。


 僕は、すうっと竜に向かって間合いを詰めた。

 目が熱い。まだ熱い。

 ちかちかと目の中で火花が弾けるような感覚。戦場で何度も感じてきた、いつものそれ。だが、今回はいつになく強烈だ。

 耐えて目をこらすと、鎌首をもたげた竜の首元、ちょうど前脚と首の境目あたりがぼんやりと光っているように見えた。


(そこだな!)


 僕は両手を伸ばす。何が「そこ」なのか自分でもよくわからない。

 右手は竜のアゴの下へ。押し上げ、開いていた口を力ずくで閉じさせる。

 そして左手は、竜の首元の光へ。アゴを押さえた右手を引き寄せながら懐に体を滑り込ませ、そして……


「よーしよしよし!」


 とんとん、と左手で首元の光を軽く叩き、それから、


「落ち着け落ち着け〜」


 今度は光っているあたりを、軽く爪を立てて引っ掻くように何度もなで回した。

 同時に、右手でもアゴの下をこちょこちょこちょ。


「くるるるる……」


 羽ばたきをやめ、地面に後ろ足を下ろした竜が気持ちよさそうに喉を鳴らし、僕に首を預けるようにもたれかかってきた。


 ……え? 何コレ?


「ふむ……少し目覚めてきたようじゃな。重畳、重畳」


 頭の中に、さっきの女の子の声が響いてきた

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