第8話 竜が来る

 空きっ腹を抱えた僕とガストン、シオの三人を乗せた軍用バギーが緑の大地をひた走る。

 目的地は、「首都」から一番近い場所で野営生活を行っている飛竜飼いの人々……すなわち「竜牧民」の集落だ。そこで、食料を分けてもらうのである。

 ジャンとタジマに留守を任せてバギーに揺られること、およそ一時間、


「見えてきましたぜ、ソウガさん」


 後部座席から身を乗り出して前方を指さし、ガストンが言った。

 目をこらすと、丸く大きいテントのような建物が不揃いに間隔を開けて十軒ばかり建っている。

 そのテントの周辺に、放し飼いになった羊や牛などに混じって……竜がいる。

 そう、ドラゴン。牛より一回り大きな体躯の飛竜が、何匹も歩き回っていた。


「ソウガ様、空にももう一匹」


 今度はシオが上空を指さした。

 見ると、大きく前脚の翼膜を広げた飛竜が一匹、空でぐるりと大きな円を描いたかと思うと、今度は翼を畳んで勢いよく降下してくる。


「いやー、こんな間近で竜を見られるなんて……」


 僕は思わず感嘆の声をあげた。

 瞬きするのも惜しい気分で、そのまま降下してくる竜を目で追い続けていると、地上数メートルというところで水平飛行に転じたその竜は、くわっと大きな口を開けて僕たちのほうに向かって飛んでくる。


「あ……」


 それを見たシオが、何かに気付いたような声を出した。


「何? どうしたの?」

「いや……口を開けているなと思いまして……」


 そうだね。開けてるね。

 それがどうしたの? と重ねて僕が聞こうと思った瞬間、


「アホーッ! 焼け死にてーのかっ!」


 僕とシオの間に無理やり身を割り込ませたガストンが、シオが握るハンドルに手を置いて思い切り右にきった。強烈な横殴りの衝撃とともに、バギーの進路が変わる。

 そこへ、猛烈な熱風が来た。

 驚いて僕が目をやると、僕たちのすぐ脇を楕円状の火の玉が飛んでいくではないか!

 ま、まさかこれは……


「火炎弾だ! 狙われてんぞ! 逃げろ逃げろ逃げろッ!!」


 ガストンが、シオからハンドルをもぎ取るように右へ左へ切りまくりながら叫んだ。


「なんで、なんでですかーっ!? わち、何もしてないですよぉ!!」


 シオも半狂乱になって叫び返す。

 その間、一撃目の火炎弾をかわされたことを悟った竜は、一度高度を上げて身をひねりながら僕たちの真上を飛び越えていき……


「背後につかれた! 二発目が来る!!」


 今度は僕が叫ぶ番だった。

 バギーを猛追しながら、また竜が大口を開ける。

 二発目の火炎弾は、今度はバギーの後部ギリギリをかすめて地面に着弾。青草の焦げる臭いとともに、


「俺の髪も焦げたわ!!」


 ガストンの恨み節も聞こえた。

 と、前方のテントから騒ぎに気付いた人たちが表に飛び出てきて、僕たちに向かって大きく手を振りながら何事かを叫んだ。

 だが、僕の耳には何を言っているのかまでは聞こえない。


「シオ! 彼らはなんて!?」


 僕はシオに向かって言った。ニト族の大きなウサギ耳が伊達ではないことぐらい、僕も知っていた。

 シオの耳がピーンと立った。


「……え、え、ええと! 降りろと……飛び降りろと言ってますぅ!!」

「飛び降りろって、バギーからか!? 冗談じゃねえぞ!」

「わちが言ってるんじゃないですよぉ!」


 確かに無茶苦茶言われているとは思うが、ここで迷っている時間は無さそうだった。

 竜牧民たちも、何か理由があってそう言っているに違いない。


「ガストン! いちにのさん、で飛び降りる! シオは僕に任せろ!」

「本気ですかい!?」

「これまで何度も修羅場を潜ってきた古参兵にとっては、屁でもないだろ?」

「おーおー。言ってくれますなぁ!」

「……いいな、行くぞ? いちにの……さん!」


 合図で、僕は宙に身を躍らせた。かっさらうようにシオの体を抱きかかえ、僕の体がクッションになるように身をひねって地面に転がる。

 ガストンも鮮やかな身のこなしで僕に続いた。

 次の瞬間、


 ドオンッ!


 激しい爆発音がした。

 竜が放った三発目の火炎弾がバギーに直撃したのだった。

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