第14話 やってみようか竜牧民

 翌日、少ない荷物をまとめたジャンとタジマ両二等兵は、三日に一本しか来ない魔導機関車に乗って、僕が来た道を逆に辿って本土へと帰っていった。

 ふたりとも何度もシオに詫び、それ以上に感謝の言葉を繰り返していた。


「さて、これで俺も肩の荷が下りたことですし……早速、おふたりの仕事を手伝おうとおもうわけですが、何をしたらよろしいんで?」


 軍を除隊処分になり、直後に民間人の『協力者』として採用されたガストンが言った。


「とりあえず……お茶でも飲む?」

「へい。茶はね、俺けっこううるさいんですよ」


 そして、お茶を飲んだ。


「お掃除でも……しましょうか? 仕事場……ですからね」

「お任せを少尉。実は昔、食堂で奉公してましてね。雑巾がけから仕込まれたもんで」


 そして、掃除をした。

 小さな政庁は、三人がかりで掃除をしたらものの一時間でピカピカになった。


 そして……そして……。


「他に仕事とか……無いの?」


 掃除後の休憩で二回目のティータイムに突入しながら、僕はシオに尋ねた。


「仕事……ですか?」


 シオ、帝国本土式の湯飲み(ご丁寧にウサギ柄だ)でくいっとお茶をあおって、


「……何したらいいんですかね? 駐在武官って」


 予想はしていたものの、これ言われると割と詰むなぁ……と、ぼんやり危惧していたひと言をクリティカルに口にしたのだった。


「つまり、俺たちは何にもすることないわけですか?」

「そういうことになる……かな」


 そう、仕事が無い。何も無いのだ。


「仕事が無きゃ、給料はどうなるんで?」

「……そういうのは主計科に聞いてよ。ねえ、少尉殿?」

「そう言われても……だいたい、どうやって受け取るんでしょうね? 銀行も何も無いですよ、ここ。一番近くの銀行がある町は、車で数日はかかりますし」

「でも……行けば受け取れるんだろう?」

「わちの分は……多分。でも、ソウガ様とガストンさんの給与受け取りに関わる書類は……そう言えば、書いた記憶がない……でしゅ」


 じわり、と何かこう……薄ら寒い空気が僕たちの背筋に忍び寄ってきた。

 サーリヤに分けてもらった食料は、まぁだいたい三人で分け合って三食三日分というところだろう。

 それが尽きた時、僕たちは……この政庁以外、人の気配がしない形ばかりの『首都』で日干しになるのを待つばかりというわけだ。

 最悪、シオの給金にたかるという方法もあるが……民間協力者のガストンはともかく、僕がそれではあまりに情けない話じゃないか。


「なるほど……僕をここへ放り込んだのは、それを狙ってか」

「何冷静にうなずいちゃってるんすか、ソウガさん! どうするんすか!?」

「竜ならもう少し早いかもしれません。わちの実家もありますし、行くだけ行ってみます?」

「ここまで来て、振り込まれているかも怪しい給料に頼るのも癪だなぁ……」


 僕にも多少の意地というものはある。

 腕組みをした僕の脳裏に、ふとサーリヤの笑顔が蘇った。

 更に、竜牧民の村からの帰り道……竜の背に乗って見た、あのどこまでも続く青と緑の世界。


 どうせ、こんなド辺境に監視をよこすほどアマガも暇じゃないだろう。

 僕をここに送り込んで、軍人とは名ばかりの強制世捨て人にさせたことで満足しているはずだ。

 そもそも、僕自身がもう軍隊に嫌気がさしていたんじゃなかったのか? なのに、その軍隊から出るわずかな給料を当てにして、この政庁で日がな一日ぼけっとしていろと?

 

 だったら……もう自分勝手に、好きなように生きたっていいんじゃなかろうか?

 あの時、フュリやサーリヤが僕に見せてくれた光景は、これまでの軍人生活でついぞ感じたことがない圧倒的な解放感と高揚感だったことを僕は思い出していた。


「僕たちでも……できるのかな? 竜牧民って」


 ふと僕の口から滑り出した言葉は自分でも予期していないものだった。

 だが、左遷の命令を受け入れた心境をユミナに話した時と同じように、言ってしまうとなんだか急に気持ちが軽くなった気がした。


「ソウガさん、本気で言ってるんですかい?」

「もう、軍隊のお仕事はやらないってこと……ですか?」

「うん……やってみようかな、竜牧民」

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