第16話 僕、選ばれちゃいました?
結局、宴会は昼過ぎまで続いてしまった。
老いも若きも男も女も、しこたま飲んで食べて歌って踊って……ある意味凄まじいバイタリティーだ、竜牧民という人々は。
それでいて、
「……さて、日も高くなってきたし仕事に戻るか」
誰ともなく言い出すと、そこでぱっと宴会は終わり、みんなあれだけ飲んだにも関わらずなんでもない顔をしてそれぞれの仕事へ戻っていく。恐るべき切り替えの早さ……。
それに引き換え、
「ソウガ様ー! わちは、わちは認めませんよー! キシロ中将にはー、ソウガ様のー、身の回りのお世話も命令されてるんですよー! それを突然、結婚とかー! なっしーんぐ!! ……うい」
「少尉、飲み過ぎですって。可愛い顔してとんだ大トラだな……ウサギのくせに」
シオはもうダメだ……。今日は使い物にならないだろう、うん。
ここで僕までグダグダしては話にならないので、まだ何かわめいているシオのことはガストンに押しつ……任せて、僕はそっとサーリヤの家を出た。
背後で「あ、ひとりだけ! きったね!」と非難する声が聞こえた気がしたが、幻聴だろう。
外は、心地の良い風が吹いていた。
しばらく風に当たって、遅ればせながら僕も竜牧民たちにならって頭を切り替え、
「それじゃ、僕も何か仕事を……」
手伝えることはないかと周囲を見回す。
「……まずは、竜を知ることですよ、旦那様」
と、いつの間にか僕の横に立っていたサーリヤが声をかけてきた。
「竜を……知る?」
「こちらへ」
サーリヤが、僕の手を取る。されるがままでついていくと、そこには何匹かの竜が集まっていた。
「竜牧民は一にも二にも竜に好かれなければお話になりません。まずは触れ合ってみることです」
「……どうやって?」
「フュリを手懐けられた時の手際は素晴らしかったですよ。あんな感じで。ささ」
戸惑う僕にサーリヤは軽い調子で促すのだが、僕の戸惑いは深まるばかりだ。
「それなんだけど……僕はあの時、何をしたんだ?」
「覚えていらっしゃらないのですか?」
「恥ずかしながら……」
「ふふ、それでよろしいのかもしれませんよ。心のままに接するということです」
ぽん、とサーリヤが僕の背を押した。
サーリヤは不思議な女性だった。肝心なところで何かはぐらかすような物言いをするくせに、その言葉には何か人を動かす力のようなものを感じる。
今も、僕は「君がそう言うのなら…」というような気分になっていて、たむろしている竜たちのそばへふらふらと近付いてしまっている。
竜たちが僕に気付いた。
草地に寝そべっていたのが顔を上げ、翼を大きく広げるものもいた。明らかに警戒されている。
「心のままに……か」
僕はまず両手を挙げた。敵意が無いことを示す。これが竜相手に通じるのかは疑問だが、他に方法を知らない。
一歩ずつ、近付く。一匹が「キッ!」と甲高い声を立てて口を開いた。
多分、ここで怯んではいけないのだ。恐れず、堂々と。
「僕は敵じゃない……仲良くなりたいんだ」
言って、あえてさっき威嚇の声をあげた一匹に狙いを定めると、そっと手で体に触れた。
一回、二回、体を撫でる。
それでようやく思い出してきた。荒ぶるフュリを前にした時、僕が何をしたのかを。
同じようにすると決めた。前脚と胴体の付け根をぽんぽんと叩き、首の裏側を撫でてやる。
しばらくすると、威嚇の声はいつしか「クックッ」と気持ちよさそうな声に変わっていた。
すると、その声に釣られたように他の竜たちも僕に体を寄せて来るではないか。まるで、「そいつだけずるいぞ。自分にもやれ」と言わんばかりに。
「わかった、わかったよ。はは、ずいぶんおとなしい子たちで助かったな」
ひとしきり体を寄せてくる竜たちに構ったところで、
「こ、こんな感じでいいのかな? サーリヤ」
言いながら僕が背後を振り返ると、サーリヤは自分の胸に両手を重ね合わせながらその場にひざまづいている。
「さ、サーリヤ?」
「どうかお許しください、旦那様。私は……あなた様をお試しいたしました」
「どういう……意味?」
サーリヤが、ひざまづいたまますっと右手を挙げた。と、それを合図と見た様子で、小屋の影から、柵の裏から、積まれた干し草の脇から……竜牧民の男たちが何人も姿を現した。
驚いたのは、皆がいつでも発射できるように矢をつがえた弓を手にしていたことだ。
再びサーリヤが合図をすると、男たちは弓を下ろして、同じようにひざまづく。
「その竜たちは、実を申しますと……かのフュリほどでないにしろ、熟練の竜乗りでも扱いに手こずる”厄介者”ばかりなのです」
集まった竜牧民の中でも格別貫禄のある、ひげ面の男が言った。
「ええ!?」
試したっていうのは……そういうことか。
「いや、貴殿の身に危害を加えるそぶりあらば、その場で我らが射殺す手はずになっておりました。しかし……恐れ入りましてござる」
「ソウガ殿、あなた様はやはり大いなる
「おひい様のお言葉は正しかった。あなた様こそ、天性の竜乗り……いや、竜に選ばれしお方」
僕は、馬鹿みたいに口を開けて男たちが口々に言い募るのを聞いていたのだが、
「サーリヤ……これ、どういう……」
はっと我に返ってサーリヤを見る。ほとんど、助けを求めるような気持ちだった。
「その者たちが言うとおりです。そして……私、今の旦那様のお姿を見て……本当に旦那様のことが好きになってしまいました……」
が、そんな僕の期待とは裏腹に、サーリヤはうっとりとした表情で頬を染め、潤んだ瞳で僕を見上げるのだった。
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