第27話 過程と代償。そして……

「それは……確かな情報なのですね?」


 きゅっと胸の前で手を組んだサーリヤが尋ねてきた。気丈に振る舞っているが、心なしかその声は震えているようにも思えた。


「十中八九、来る。僕たちに残された時間は少ない。それまでに決めなきゃいけない。戦うのか、逃げるのか……それとも、降伏するのか」


 サーリヤにというより、この場に集まっているひとりひとりに対して僕は答えた。


「降伏はねぇな……」


 どこからともなく、そんな声が上がった。

 すぐに「そうだな」「食い物だけで済むとは思えん」などと、同調する声がいくつも噴き出す。


「時間は無いけど、よく相談して決めてほしい」


 そこへ僕は続けた。そして、みんなの反応を確認する前に集会所代わりになっているテントを出て行こうとしたところ、


「お待ちくだされ。まずは婿殿の考えをお聞かせ願いたい」


 キダジャの声が、僕の背中を打った。


「……僕はみんなの決定に従うよ。ここでは……新参者だから」


 ◇◆◇


 少し卑怯な言い方だったかもしれない。

 自分のテントに戻ると、微かな……と言うのは無理がある罪悪感が、僕の胸を刺した。


 だが、あの場で僕がうっかり「戦う」というようなことを口にしてしまえば、流れは一気に傾いてしまうに違いなかった。


 魔王を討伐し、人類を救った『解放の英雄』が共に戦えば、山賊に身をやつしたはぐれ兵団など敵ではない。勝利は我らに! 間違いない!


 ……それじゃ、困るんだ。


 確かに僕は、魔王と呼ばれていた存在を倒した。だが、それは結果的にそうなったというだけの話だ。魔王との戦いに至るまでの道のりで、どれほどの犠牲が出たかを……世界の人々はもう忘れかけている。


 逃げればいい。

 竜牧民たちが暮らす草原は広大だ。いつものようにテントを畳み、家財一式を竜に乗せ、牛に牽かせて遠くへ逃げてしまえばいい。

 獲物がいると思った場所がもぬけの殻ならば、カバシマたちも諦めるかもしれない。


 そんなことを考えながら、僕はベッドに寝転びテントの円い天井を見上げていた。

 と、


「ソウガ様……わちです。あの……入ってもよろしいでしょうか?」


 外から、今聞くには意外な声がした。

 寝たふりをしてやり過ごしてしまおうか……一瞬、そんな考えが脳裏をよぎったが、


「少しだけ、わちの話をきいてほしいんです……お願いします」


 結局、木戸越しに聞こえてくるシオの声があまりに真剣だったので、僕は身を起こしてシオを招き入れることにした。


「ありがとうございます」


 いつものように律儀に礼を述べ、シオは僕が勧めた椅子にちょんと腰を下ろした。


「……話っていうのは、何かな?」


 できるだけ、突き放した物言いにならないように注意しながら僕は尋ねた。

 それでもシオは、しばし逡巡しゅんじゅんするように顔を俯かせ、視線をあちこちに飛ばす。

 膝の上で握りしめられた小さな両手に力がこもる。


「あ、あの……!!」


 何度かの深呼吸。その後、ようやくシオは顔を上げて口を開いた。

 目が潤み、頬が紅潮している。

 それほどまでに、言い出しにくいこと……なのか?

 急かしたい気持ちをぐっとこらえ、僕は待った。


 最後に、ごくりと唾を飲み込んで、ついに覚悟を決めた様子でシオは一気に言った。


「わち……わちは今から……とと、とってもイケナイお願いをしましゅ! もし……もし、ソウガ様がわちのお願いを聞いて怒ってしまわれたら……わちのこと……ぶってくださいぃ!」


 ……は?

 なんだって!?!?

 

 

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