第37話 膝枕

「まだ……聞きたいこと……が……」


 伸ばした手が、何か柔らかい物をつかんだ。

 なんだこれは? と、わずかに手に力を込めると、丸く、優しい弾力が手のひら全体に広がっていき、それと同時に、


「ああ、良かった。旦那様、目を覚まされたのですね」


 湿っぽい吐息とともに、サーリヤの声がすぐ耳の間近から滑り込んできた。

 ……何か、変だぞ?

 身をよじると、僕の頬が布にこすれる感触とともに視界が回り、僕を見下ろしているサーリヤと目が合った。

 で、僕の手はと言うと……、


「……!? ご、ごめん!」


 僕は慌てて手を引っ込めようとしたのだが、それより早くサーリヤの片手が僕の手を取り、もう片方の手は優しく僕の額に添えられる。


「すぐに起き上がっては、頭から血が抜けます。もう少し、このままで」

「いや……その……」

「このままで」


 僕の目の中いっぱいにサーリヤは微笑んでいたが、言葉には力があった。

 さすがにサーリヤの……胸……に置かれていた僕の手は外され、腹の辺りに戻されたが、添えられたサーリヤの手はそのままだ。

 僕の手ごと体を押さえて起き上がらせまいとする。

 彼女の許しを得るまでは、僕はサーリヤに膝枕をされたまま……ということみたいだった。


「僕は……どうしたんだ? いつから、こうしてる?」

「フュリとともに戦場から戻られてからすぐです。私がお出迎えしたら、糸が切れたようにその場で倒れられて……何か、よほどお疲れになることがあったものと……」


 サーリヤの説明によると、僕とフュリは戦場でカバシマを捕らえた後に大声で叫びながら村に戻ってきたらしい。


「戦いは終わりだ、もう争うな……と。それは凄い剣幕で。熱に浮かされているようにも見えました」

「……まるで覚えていない」

「すぐにガストンさんとキダジャが、旦那様によって山賊の頭目……カバシマとか申しましたか? その男が捕らえられたことを戦場に触れ回り、降伏を呼びかけたようです」

「……それで?」

「それは……聞こえますか? 外の声が」


 サーリヤが顔を上げ、テントの出入り口あたりを見た。

 僕もそちらへ顔を向けると、戸の隙間から入り込んでくる良い匂いとともにガヤガヤとした喧噪が聞こえてくる。そして、一心不乱に食器を打ち鳴らすいくつもの音。


「戦に向かわれる前に、旦那様が私に言いつけたとおりにいたしました。武器を捨てて投降した者には、できる限り暖かい物をたくさん食べさせてあげるように……と」


 サーリヤの視線が、また僕に戻った。

 そして、まるで母親が幼い我が子にそうするように、何度も何度も僕の頭を撫でる。


「お優しい方……本当に……」

「サーリヤこそ……ありがとう。武器は捨てているとは言え、たくさんの兵隊相手に……怖かったよね? それに……貴重な村の食糧を……」

「いいえ、いいえ。そんなこと、どうでも良いのです。私は……私には、もしこのまま旦那様が目を覚まさなかったらどうしようと……そのほうが、よほど怖かった……」


 大きくかぶりを振ったサーリヤの目から熱い雫がいくつもこぼれ、僕の頬を打った。

 どうやら、本当に心配させてしまったようだった。


「ちょっと驚くことはあったけど、僕なら大丈夫だから。ほら、このとおり」


 サーリヤの膝枕は、正直いつまでもそうしていたい温かさと居心地の良さに満ちていたが、そうもしていられない理由もある。

 まだ寝かせておこうとするサーリヤをやんわりと制し、僕は身を起こした。

 

「カバシマに事情を聞く。案内してくれ」

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