第30話 大言壮語

 集会所のテントに戻ると、まだ議論は続いているようだった。

 時折、激しい物言いも混ざったやり取りが、テントの外にも漏れ聞こえてくる。

 集会所に入る前に、僕は一度シオを見た。

 僕の視線に気付いたシオは、僕を励ますようにニコッと笑い、グーに握った両手を胸の前でぶんぶんと振って見せた。

 そんなシオに勇気をもらい、僕は集会所の中へと入っていった。


「戦うったってどうするんだ? 村の男を全員集めても50人いるかどうかだ。ガストンの話じゃ、向こうは魔導機械や銃を装備した兵隊が三倍はいる」

「やはり逃げるしかないか……。しかし、もうこれ以上南に下がっても家畜の餌は無い。西は西で、真冬になれば竜はともかく他がもたん」


 容易に結論が出るはずもない議論を続けている中に入っていくのは気まずかったが、ここはもう腹をくくるしかない。なるようになれだ。


「あー……ちょっといいかな?」


 まず僕の声に反応したのは、サーリヤだった。それまで、沈んだ表情で議論の行く末を見守っていたのが、ぱっと弾かれたように僕を見た。


「旦那様!」


 その声で、その場の全員が同じように僕を見た。

 僕は一度咳払いをしてから、


「さっきは……悪かった……です。無責任なことを言いました。ごめんなさい」


 まず謝って、頭を下げる。


「それで……こちらにいる上官のシオ少尉に、しこたま叱られまして……反省しました」


 サーリヤが「まあ!」と驚いた声を出すのと、シオが「ぷぺしゅっ!」みたいな変な声を出すのが同時だった。


「シオさん……それは本当なのですか?」

「ち、ちが……」

「それはもう……清廉潔白を旨とする帝国軍人として、これ以上は無いほどの見事な訓示をいただきまして……」

「あぱぁっ!?」


 更に僕、サーリヤ、シオの声が交錯したところで、


「遊んでないで、本題に入っちゃもらえませんかね? ……ソウガさんも、ただ謝るために戻ってこられたわけと違うでしょう?」


 やや呆れたような、ガストンの声が飛んできた。

 僕は、もう一度咳払い。


「では、率直に言うよ。考え直した。逃げるのは無しだ」


 言うと、ガストンがにやりと笑った。さてはこいつ、僕の後でシオがいなくなってから、こうなることをもう予測していたな?


「戦うべきということですか、婿殿? 先ほども話しておりましたが、帝国軍……いや、元帝国軍ですか? ともかく、我らの三倍はいるとのことですが」


 と、キダジャ。


「山賊でいい。あんな連中に帝国軍を名乗る資格は無いね」


 求められていた答えとは違うことは承知の上で、僕は吐き捨てるように言ってやった。ぱん、とガストンが自分の膝を叩く音がした。


「そう来なくっちゃ! 解放の英雄、復活ですな?」

「そこ、煽らない。……ただまぁ、これからはそう呼ばれていた頃の能力を、僕自身と……それからこの村のみんなのためだけに使うことを決めた。そこは、信用してもらっていい。誓うよ」


 おお……というどよめきが、テントの中に響いた。


「私たちを、お助けくださるのですね? 旦那様」

「うん。だって……何も悪いことをしていないのに、逃げるだなんて……気持ちよくないだろう?」


 シオの受け売り。

 隣のシオが、僕を見上げるのがわかった。


「だから、戦う。これからも僕が……この村で気持ちよく暮らしていくために、この際邪魔者は徹底的に排除する」


 どよめきが更に大きくなった。


「大丈夫、心配はいらない。たとえ相手が三倍だろうが、四倍だろうが、勝つ」


 軍隊という組織の中で、こういう大言壮語をする人間におよそろくなヤツはいない。

 そう、たとえばアマガのような。

 でも……いいじゃないか。と、僕は思う。

 この戦いは、今まで僕がやってきた戦いとは違う。だったら、今までと違うことを言ったっていい。


「なぁに、魔王軍との戦いに比べたら物の数じゃない。楽勝だよ。誰も死なせない。僕が……みんなを勝たせる」


 言ってみて、初めて気付いたことがあった。

 それは、大言壮語を吐くというのは……なかなか「気持ちがいい」ということだった。

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