第42話 再び竜牧民お金が無い問題

「……残りたいと言ってる? ここに?」

「はい。カバシマ中佐が指揮していた機甲部隊所属153名のうち、36名が……ソウガ様と一緒にここで暮らしたいと……残りの117名は、可能ならば本土への帰還を求めています」


 報告を終えたシオが、愛用の手帳をパタンと閉じた。


「……どうしましょう?」


 そして、僕の顔をじっと見上げる。


「どうしましょう?」


 そのままオウム返しのように僕も言って、サーリヤに目をやった。


「それは……いちいち私にうかがいなどお立てにならず、旦那様がお決めになってよろしいのですよ?」


 ねえ? と、サーリヤが見やるのはキダジャを筆頭にした村の幹部……と言っていいのかわからないが、ともかく主立った家々の長たちだ。


「そうとも、婿殿の好きにしたらよい」

「村に人が増えて困るもんでもないからな」

「先代はもっとこう、ぱっぱっとなんでも決めとったぞ? 族長ってのはそういうもんだ」


 いや、族長じゃないんだけどな……。

 と言うか、この人たちはなんでいつもこうなんだ。

 よく言えば純朴、純粋。悪く言えば、人を疑うことを知らない。僕のことを信用しすぎだと思うんだけど……。


「……とにかく、反対の者はいないんだね? じゃあ僕も反対する理由は無いよ」


 僕が言うと、キダジャがどこか不満そうに鼻を鳴らした。


「どうも婿殿にはまだ遠慮があるようじゃ。婿殿がフュリを御されたあの日より1年、わしらとてぼんやり婿殿たちを受け入れたわけではないのですぞ?」

「……と言うと?」

「わしらなりに、ずっと婿殿の人となりは見てきたつもりということです。あなた様には、邪念が無い。真にわしらの仲間になろうとしておられる」


 キダジャの言葉は、真剣なものだった。

 そう言われると、僕も悪い気はしないのだけど……。


「その上、ソウガ様はこの村の危機を救ってくれたじゃないですか。俺たちもう、ソウガ様について行こうって決めてるんですよ」


 言葉を重ねてきたのは、村の若手代表といった立ち位置のヤガだ。


「それでもまだ俺たちに遠慮があるって言うなら……やっぱりもう、おひい様と今すぐ祝言を挙げて夫婦になっちまったほうがいいんじゃないですか?」


 話が、きな臭い方向に進み始めてしまった。

 ヤガの声を口火に、幹部たちが一斉に「そうだそうだ」とはやし始める。

 こうなると落ち着かせるのに一苦労なんだが……参ったな。

 サーリヤは、頬を染めてはにかみながらも、ちらちらと何か期待のこもった視線を向けてくるし……。


「彼らを村に受け入れるとして、ひとつ大きな問題があります」


 そこへ、助け船を出してくれたのはシオだった。


「36名もの人間を一度に受け入れるなら、テントもいくつか新しく用意しないといけません。冬を越すための防寒着も、食べ物だっていりますよ?」


 至極もっともな指摘。

 幹部連中の全員が「あっ」という顔になって、それで浮かれモードは沈静化した。


「それで、一番最初の話に戻って来ちゃうんですけど……とにかく今、村にはお金が無いんですよぅ」


 そこまで聞いて、僕も「あっ」となる。

 そうだった。カバシマたちが山賊化して好き勝手してくれていたせいで、村の交易が完全に断たれてしまったのが、そもそもの問題だったのだ。


「でも……山賊はもう退治したわけですし、それを触れ回れば隊商たちもまた村に来てくれるのでは?」


 と、サーリヤ。


「来てもらっても、何かを買い入れるのに先立つものが無いって言ってるんですぅ。人が増えた分の食べ物を賄うには、家畜の数も全然足りません。家畜が十分に増えるまでは、食べ物も着るものも外から買わないとどうしようもないんです」

「つまり……何か売れる物が必要なんですね?」

「何かありますか? 家畜の毛皮やお肉以外の物? 無いでしょう?」


 シオの指摘は手厳しい。

 シオの名誉にために補足しておくと、別にわざと意地悪く言っているわけではなく、主計科エリートとして当然の反応だ。もっとも、多少……それなりにサーリヤへの対抗心的なものが無い……とは言い切れないような気もするけど。


「……というわけで、どうしましょう? ソウガ様」


 また、シオが僕を見上げて、どうやらこれで話は一周してしまったようだ。

 全員が、僕の決断待ちになっている。やれやれ。


「できるかどうかわからないけど、ひとつ考えたことがある。シオ、残りたいと言っている36人の中に工兵がいたら連れてきてくれ」

「工兵……ですか?」

「ああ。爆発物の取り扱いに長けてたりするなら、工兵じゃなくてもいい」

「わ、わかりました」


 すぐに僕の指示を手帳に書き付け、シオはうなずいた。


「よろしく。それからサーリヤ」

「はい、旦那様」

「竜牧民たちは、村で飼っていた竜が死んだ場合はどうするのかな? どこかに葬ったりするのかい?」

「ええ。竜は大いなる地母にもっとも近い眷属ですから。肉は余さず食べ、内臓は薬とし、革も爪も牙も必要な道具に加工します。そして、残った骨だけを集めて塚を建て、弔うんです」


 サーリヤの答えは、僕が求めていたものとして完璧だった。

 どうにかなるかもしれないぞ、これは。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る