第39話 地下に眠る物

 一度「折って」しまえば、カバシマの口は滑らかだった。

 堰を切ったようにまぁ喋る喋る。

 ただし、そのお喋りの内で僕らが聞きたい情報は2割あったかどうか……。大部分は、自分の命惜しさ故の聞くに堪えない自己弁護で、話が終わると同時に僕は盛大なため息を吐き出してしまった。


「……で、こいつどうしますんで?」


 どれだけ力を入れていたのか、肩で息をしているカバシマを棒の先で小突いたガストンが言った。


「……任せる」

「了解です」


 短く答えて、僕はサーリヤと共にテントを出た。

 疲れた。どっと疲れた……。


「あんなのに付き合わされる兵隊は……たまったもんじゃないな」


 カバシマは、アマガに多額の賄賂を送って取り入り、おべっかだけで中佐の地位を得たともっぱらの噂だった。多分、その噂は真実だろう。

 うぬぼれるわけじゃないけど、僕という目の上のこぶを追い落としたことで親玉であるアマガの権勢は更に増しているはずだ。

 そうなると、帝国軍の中枢はすべてアマガ一派に占められることになるわけで……ま、今更僕の知ったことではないけれど。

 それよりも、だ。

 今はカバシマ自身のことよりも、カバシマの口から出た話のほうを問題にすべきだった。


「地下資源かぁ……。サーリヤは、どう思った?」

「あの者には、一軍を率いる将としての誇りや矜恃をまるで感じません。本当に、旦那様と同じ軍人だったのですか? とても信用できません」

「それは同感。僕もあれが同僚だったとは思いたくないな……。ただ、ナロジア軍があいつと取引をしたのは事実だと思う。何か聞いたことはない? 伝わってる伝説だとか予言だとか」


 僕が聞くと、サーリヤは申し訳なさそうに首を振った。


「地下資源……と言われてピンと来るようなものは何も」

「そっかあ」


 僕は頭をかく。

 これはちょっと、シオに頼んで調べてもらうしかないか。

 そんな考えが脳裏をよぎった時だった。


「そんな面倒なことせずとも、”見て”みればよかろうが。言うたはずじゃぞ? ぬしの『竜の目』は森羅万象を見通すと」


 その思考をえいっと追い出すように、頭の中で鮮烈に声が響いた。

 声には聞き覚えがあった。

 フュリの背で、そしてついさっき夢の中で見たあの少女……トゥーラ!


「そうじゃ。我じゃ。縁が繋がれば、頭の中に語りかけるなど造作もないこと」


 僕の心を読んだように、トゥーラの声が応じた。


「このようなことでいちいち驚くな。身が持たんぞ。……それよりほれ、地下でもなんでも『竜の目』で見てみよ。それであの芋虫が言っていたことが本当かどうかすぐにわかるわ」

「地下を……見る?」


 思わず口に出して問い返してしまうと、サーリヤが怪訝な顔をした。


「何を……ご覧になるのです?」

「ああいや、えっと……」


 まさか頭の中に響く女の子の声に急かされていると言うわけにもいかず、僕は言葉を詰まらせた。

 その間にも、トゥーラの声は「早くせんか」「我もぬしが目をどう使うのか見たいのじゃ」と、こっちの事情などお構いなしでせっついてくる。ああもう!


 結局、トゥーラに押しきられる形になって、僕は『竜の目』を使った。

 もはや念じるまでもなく、使うと思ったときには、もう能力が発動している。

 見るべき物は、地下に眠る何か。


「資源……魔鉱に代わる物……」


 カバシマの言っていたことを改めて口にする。

 瞬間、僕の視界を強烈な閃光が焼いた。


 地下……と言うよりも、目を落としている大地のあちらこちらがまばゆく輝いているのだ。

 輝きは大小の塊に分かれ、草原の向こう、どこまでもどこまでも続いていく。

 なんなんだ、これは!?


「ふむ……これは……」


 またトゥーラの声がした。

 なんだ? トゥーラには、この輝きの正体がわかっているのか?


「わかるとも。あれは、後脚の小指の爪。そっちは、尾の先っちょのかけらじゃのう。我の骨じゃ」

「ほ、骨ぇ!?」


 また、口に出してしまった。

 それも、完全に調子が外れた素っ頓狂な声を。

 頭の中でトゥーラが「わはは!」と笑った。


「旦那様、お気を確かに!」


 一方、サーリヤは僕がおかしくなったとでも思ったか、すがりつくように僕の腕をつかんで何度も揺さぶっている。

 僕もサーリヤの腕をつかみ返し、言った。


「教えてサーリヤ。君たちが、大いなる地母と呼ぶ物は……いったいなんなんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る