第12話 暴れ竜の背に乗って


 そこからは、大変だった……。

 フュリが僕から手綱を取ったのを見た途端に、竜牧民たちはお祭り騒ぎを始めたのである。

 どこかから音楽が聞こえたかと思うと人々が踊り始め、いつの間にやら集まった人々の数は数倍に。


「めでたい!」

「すぐさま婚礼の準備だ!」


 こっちの意向はお構いなしに盛り上がり、そこから酒宴に発展するまでものの十分!

 酒が行き渡り、何かの肉が煮える鍋のいい香りがそこら中に漂う。

 それで僕たちは、はっと思い出した。


「僕たち……何しにここへ来たんだっけ?」

「そうです! 食料!」

「ジャンとタジマを干物にしちまうところでしたな」


 そう! それ!

 ストップ! その宴会待ったー!!


 ※


 雲ひとつ無い真っ青な空。眼下に広がるのは、どこまでも広がる大草原。

 その間を、僕は飛んでいた。


「いかがですか、ソウガ様。空は」


 慣れた手綱さばきで自分の竜を寄せてきたサーリヤが言った。

 びょうびょうという風切り音を巧みにすり抜けるようにサーリヤの声は僕の耳に届く。


「空を飛ぶのは初めてじゃない。軍の輸送機には乗ったことがある……けど……」

「けど?」

「竜の背に乗って飛ぶのは、全然違う。……最高だよ」


 遙か地平線の彼方で交わる青と緑に目を奪われながら、僕は正直な感想を口にした。

 そう、僕は今、竜に乗っている。あのフュリの背に。

 竜どころか馬にもろくに乗ったことがない僕だったが、フュリは「自分に全て任せろ」と言わんばかりに勝手に飛んでくれている。僕は落ちないように手綱を握っているだけだ。

 そんなフュリの体には、竜牧民たちが分けてくれた食料も一緒に積まれている。


「ソウガ様! 『首都』です!」


 今度は、シオの声がした。

 シオとガストンもまた、竜の背の住人だ。よく調教された竜のようで、これも「乗っているだけで大丈夫。勝手にサーリヤ様の竜についていく」と竜牧民が太鼓判を押していた。


「降りますぜ?」


 と、ガストン。

 僕は正直、名残惜しかった。いつまでもこのまま飛んでいたい気持ちがわき上がってくるが、それを振り切ってうなずくと、それだけで何かを察したフュリは、滑らかな螺旋を描くような軌道で降下していくのだった。


「フュリが燃やしてしまった車の代わりに竜たちは置いていきます。食事は、日暮れ前になれば勝手にその辺の魔物や獣を狩りに行きますのでお構いなく」


 荷物をすべて下ろした後で、サーリヤが言った。

 そのまま、自分の竜にまたがろうとするところを、僕は呼び止めた。


「サーリヤさん」

「サーリヤとお呼びくださいね」

「さ、サーリヤ。その……さっきの話……御子だとか、こ、婚礼だとか……」

「私はいつでも構いませんが……」

「いや、そうじゃなくて……」

「ふふ、冗談です。……先ほどは失礼しました。驚かせてしまいましたね」

「……まぁ」

「一族は皆、予言を信じているのです。私は予言者の末裔にして族長の娘、機会あらば予言を成就させる義務があったということ……どうかご理解くださいませ」


 深々と、サーリヤが頭を下げた。


「じゃあ本当にソウガ様と……け、結婚するとかじゃないんですね?」


 僕の横にいたシオが、なぜかちょっと強い口調でサーリヤに迫る。

 シオをじっと見つめたサーリヤは、


「ええ。少なくとも、今すぐは。……でも私、待つのは苦にならない性格ですので」


 冗談とも本気ともつかない調子で返してシオの顔を引きつらせると、


「ではソウガ様、何かあれば村へおいでください。いつでも歓迎いたします」


 再び優雅に一礼して、今度こそ帰っていった。


「どうするんですかい? ソウガさん」


 サーリヤが去った後で、ガストンがやや疲れた声で尋ねてきた。


「それは……僕が聞きたい」


 左遷されてまだ二日目の朝が終わったばかりだった。 

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