第11話 ”手の付けられない大火”
五秒? 十秒? いや、実際はほんの一瞬だったのかもしれない。
とにかく僕はその……見知らぬ女性から突然かつ熱烈な口づけをいただいてしまい、脳のヒューズが何本かまとめて弾け飛んだ。
あとでガストンに聞いたら、その瞬間、またシオが気を失いかけたらしいが……それはさておく。
とにかく面食らって硬直する僕とは対照的に、サーリヤはどこまでも優雅な仕草で僕の頬から指を外し、
「おわかりいただけまして? すなわち、私とソウガ様は
と、なにひとつわからないことを言うのだった。
「な、なーにを言ってるんでしゅか! いくら族長の娘で星読みでシャーマンだからってこんな! …こんな! ありえませーん!」
固まりっぱなしの僕の代わりに叫んだのは、シオだ。興奮のあまり、また噛んでいる。
ただまぁ、概ね……というか最初のひと言に関しては僕も同感だったので、こくこくとうなずく。
「落ち着いてくださいよ少尉殿。……サーリヤさん、でしたっけ? あんたもあんただ。いきなりウブなお子様に刺激が強いシーン見せつけて、わけわからんこと言われても困るんですよね」
今にもサーリヤに飛びかからんばかりのシオを押さえつけて、ガストンが言う。
「わちは、立派な大人ですー! 士官学校出てるんですー!」
「わかった。わかりましたから。……とにかく、
いいぞ、ガストン。第一印象は最悪だったけど、酔いも覚めて反省もした今、頼れるのは君だけだ。
再び僕は激しくうなずきまくる。
「あら、失礼しました。私、素敵な旦那様をお迎えできると思ってつい……」
まぁ強面と言っていいガストンがそこそこ強い調子で迫ったにも関わらず、サーリヤはまったく動じる様子もなく笑顔を絶やさない。
「我が家に代々伝わる予言なのです」
サーリヤの話を要約するとこんな感じだ。
まず、彼女は部族の族長一家の跡取り娘であり、しかるべき時が来たら婿を取って一族を束ねる立場であると同時に、天地の精霊と交信し、星を読み、部族の先行きを占うシャーマンでもあるらしい。
そんなサーリヤの家に伝わる予言というのが、
「遠き東の果てより流れ着いた若者が荒ぶる火を鎮める。その者こそ、約束の”目”を宿す運命の御子なり」
「御子は一族に交わり、やがて大いなる地母《ちぼ》の祝福を受け民を栄光に導くであろう」
……というものだそうで、
「つまり……ここから東、帝国本土から来た僕がその御子だと?」
ようやく口を動かす機能を取り戻して僕が言うと、
「さようです」
サーリヤはにっこり微笑んでうなずいた。
いやいや、そんな馬鹿な!
「東から来た人間なんて、僕が初めてってわけじゃないでしょう? これまで何人もいたはずだ」
「そうですね。でも、その方たちは皆、荒ぶる火を鎮めはしなかったのでしょう」
「僕だって鎮めてない」
「いいえ」
僕の言葉をきっぱりと否定したサーリヤが、まだ僕の横にまとわりついている元暴れ竜を指さした。
「その竜の名は、古い土地の言葉で”フュリ”といいます。意味は、”手の付けられない大火”」
「冗談……だよね?」
僕は、サーリヤとフュリという名前らしい竜を交互に見た。
サーリヤの目は真剣だったし、フュリはくるくると喉を鳴らして僕にすりすりしてくる…。
「……鎮まってますな」
「ガストン!」
サーリヤがまた僕……ではなく、フュリに近付き、そっとその鼻面に手を伸ばそうとした。
が、次の瞬間、フュリは喉を鳴らすのをやめ、サーリヤを威嚇するように首をもたげたのである。
「……見てのとおり、フュリは竜飼いである私たちにすらまったく心を開こうとしないのです。竜の群れの仲間とも交わろうとはしません。十年前、大嵐の夜に卵を守って力尽きた母竜の亡骸《なきがら》の下から這い出てより一度も」
「そんな……」
「これまで何度も優秀な竜乗りたちがフュリに手綱をかけようとしましたが、かないませんでした。それで付けられた名が……手の付けられない大火……フュリ。そんなフュリを、ソウガ様は私たちですら見たことのない一瞬の早業で手懐けてしまわれた」
「一瞬の早業って……それが荒ぶる火を鎮めたことになる? こじつけだよ、そんなの」
サーリヤが、いつの間にか脇に控えていた竜牧民に目配せをした。
万事心得たようにうなずいた竜牧民は、一度家の中に入り、戻ってきた時にはその手に鞍と手綱を携えていた。僕の前にひざまずいて鞍と手綱を差し出す。
「真に荒ぶる火を鎮めたかどうかは、これでわかります。竜は己が認めた相手にしか、決して手綱をかけさせない……誇り高き生き物なのです」
その場にいる全員の視線が、僕に集まるのがわかった。シオやガストンも含めて。
そして、サーリヤの言葉はどこか拒否しがたい響きをもって僕の耳を打つ。
「偶然だ。そうに決まってる」
言いながらも、僕は差し出された手綱を手に取っていた。
そして、フュリのほうを見る。
フュリは……僕が手綱をかけようとするよりも早く、自分から首を伸ばして手綱に繋がっている轡《くつわ》をくわえ込んだ。
竜牧民たちが、大きくどよめいた。
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