【カクヨム先行公開】公爵夫人の完全犯罪〜死に戻った悪女は、悪魔の王と契約して虐げられた一族に復讐を果たす〜【カクヨム版】

みやこ。@コンテスト3作通過🙇‍♀️

プロローグ

最愛の息子との別れ


 生前、マリアンヌとその息子————オリヴァーは嫁ぎ先のウィンザー一族から虐げられていた。



 まだ幼さの残る少女であったマリアンヌは没落寸前の貴族であったが、彼女はシルクのように手触りの良い金の髪と深い海を映したような碧い眼を持つ目鼻立ちの整った風貌で、他者の目を惹く佳人かじんの女性であった。


 その美貌からウエスト国屈指の権力者であるフレディ・ウィンザー公爵に見染められ、半ば強引にイースト国からウエスト国へと連れて来られてしまう。

 そして、嫁いでから間もなく息子であるオリヴァーを授かったのだ。


 マリアンヌはフレディ公爵に対してかけらの愛情も無かったが、見知らぬ土地で一人ぼっちのマリアンヌのただ一人の血を分けた子どもであるオリヴァーを、彼女はたいそう可愛がった。


 しかし、マリアンヌがオリヴァーを産んだことでそれまで子どものいなかったフレディ・ウィンザー公爵に後継者が出来てしまい、今までウィンザー公爵家の跡継ぎとして育ててきた公爵の姉の息子の継承順位が落ちてしまう。



 外国の、しかも聞いた事も無い小さな家門の出の女が産んだ子どもが建国時から王家を支えてきた由緒正しいウィンザー公爵家を継ぐ————。


 その事が面白くなかった義姉をはじめとするウィンザー一族は、マリアンヌを財産目当てで公爵をたぶらかした悪女と呼び、ありとあらゆる手を使って彼女に嫌がらせをしてきた。


 そうして、ウィンザー一族の画策でマリアンヌの悪い噂は領地内では留まらず、国内外にまで広まってしまう。

 そんな仕打ちにも、息子に危害が及ばないならとマリアンヌは必死に耐え忍んでいたが、ついにある日事件は起きる。



 それは、公爵が病にせって余命幾ばくもないと主治医に宣告されてから直ぐのことであった————。







✳︎✳︎✳︎







「オリヴァー!! オリヴァーは無事なの⋯⋯!?」


 マリアンヌはウィンザー公爵邸の屋敷内にある長い廊下を、人目もはばからずドレスをたくし上げ全力で走っていた。


 なぜなら、マリアンヌの最愛の息子————オリヴァーが食事の後に体調不良を訴えて倒れたからである。

 その知らせを聞いた時、あまりの衝撃からマリアンヌは目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちた。

 しかし、どうにかして気を持ち直したマリアンヌは、侍女に連れられてオリヴァーの部屋へと駆けつける。



「オリヴァー⋯⋯! 母が来たからにはもう大丈夫ですからね!!」


 マリアンヌはそう言って、ベッドの上で苦しそうに浅い呼吸を繰り返し力なく横たわる息子の手をギュッと力いっぱい握る。

 しかし、マリアンヌが目にしたオリヴァーの姿は想像を絶するものであり、思わず息を呑む。

 オリヴァーの顔は生気が感じられないほどに青ざめて薄らと開いている目は落ちくぼみ、呼吸をしているのがやっとなようすで見るからに一刻を争う状態であったからだ。


 苦しむ息子の姿を見て、マリアンヌの瞳には涙が滲む。



 (どうして⋯⋯どうして、オリヴァーがこんな目に⋯⋯!)



「先生! 息子は⋯⋯オリヴァーは助かるのですよね!? なぜあんなにも元気だったこの子が突然⋯⋯」 

「マリアンヌ様⋯⋯。オリヴァー様は、何者かに————」


 オリヴァーと同じくらい青い顔をした主治医が言い終える前に、ガチャリと乱暴に扉の開く音が聞こえる。


 マリアンヌが何事かと振り返ると、義姉や義妹、そしてその子ども達が連れ立ってぞろぞろと遠慮も無しにオリヴァーの部屋へと入ってきているところであった。



「⋯⋯お義姉さまたち、一体どのようなご用件でしょうか」


 普段であれば事を荒立てたくないと決して彼女たちに逆らうことの無いマリアンヌは、最愛の息子の一刻を争う事態にそんなことは気にしていられないと語気を強めて言った。


「何の用って、冷たい義妹だこと。私の大事な大事な甥であるオリヴァーが死にそうだって聞いて、心配になってわざわざ見に来てあげたんじゃない。ねぇ⋯⋯?」


 義姉は心配する言葉とは裏腹にその表情と口元はだらしなく緩んでおり、喜びを隠せてはいなかった。



(そんなの嘘よっ⋯⋯。この子が息絶えるのを待っているんでしょう!)


 マリアンヌは何も出来ない悔しさと歯痒さから唇を噛み締める。そして、義姉たちの視線からオリヴァーを守るように前に立ち、せめてもの抵抗と彼女たちを睨みつけた。



「お義姉様に向かってその目は何? オリヴァーが死んだらこの屋敷にあんたの居場所は無いわよ。さっさと荷物をまとめて国に帰りなさい。⋯⋯⋯⋯ああ、そうだった! あんたの家は無様にも没落して、親兄弟は行方知れず。もう帰る場所も無いんだったわ」


 義姉の言葉に、彼女を取り巻いている義妹や子どもたちがクスクスとマリアンヌを嘲笑った。



「⋯⋯⋯⋯」



 義姉たちの冷たい言葉に、マリアンヌは俯く。

 嫁いでからというものの、周囲から際限なく投げかけられる心ない言葉たちにはとうの昔に慣れてしまっていた。常時ならばこの程度で傷付くマリアンヌでは無かったが、今はオリヴァーのこともあってマリアンヌの心は相当に弱っていた。




「お、かあ⋯⋯さま⋯⋯⋯⋯」


 そんなマリアンヌの耳に、弱々しいオリヴァーの声が届く。



「オリヴァー!! 意識が戻ったのね!」


 俯いていたマリアンヌはがばりと顔を上げ、もつれる足を必死に動かしてオリヴァーの元へと駆け寄った。



「おかあさま、ごめん⋯⋯なさい。ぼく、もう⋯⋯」


 オリヴァーはフレディ公爵譲りのルビーのように真っ赤な瞳を潤ませてじっとマリアンヌの顔を見つめる。

 その姿はまるで、これが最後だと悟ってじっくりと母の姿をその瞳に焼き付けているようだった。



「オリヴァーは何も悪くないわ⋯⋯。悪いのは貴方を守ってあげられなかったお母様よ⋯⋯」


(私が代わってあげられたらどんなに良い事か⋯⋯!)


 息子に情けない姿は見せたくないと、マリアンヌは必死に涙を堪えてオリヴァーの手を握る。


「おかあさまは、わるく⋯⋯ない、よ。⋯⋯あり、がとう⋯⋯だいすき、だよ⋯⋯⋯⋯」

「オリヴァー⋯⋯! お母様も、貴方が大好きよ⋯⋯!!」



 オリヴァーはその言葉を最後に小さく微笑んだ後、静かに事切れた。

 マリアンヌがしかと握った手からは力が抜け、次第に冷たくなっていく。


 そんな息子の姿を見て、マリアンヌはついに堪えきれずに涙を流した。深い悲しみを帯びた碧の瞳から止めどなく溢れる水が頬を伝って真白なシーツに染みを作る。

 しかし、オリヴァーの亡骸に縋り付くようにして泣きじゃくるマリアンヌの後ろでは、まるでお祝いごとのように義姉たちがけたたましく話をしていた。




「おめでとう! これで貴方がこのウィンザー公爵家の次期当主よ!」

「わーい! じゃあ今夜はご馳走だね!」

「そうね。今夜は貴方の好きなものをなんでも用意させましょう」



(甥が死んだっていうのにお祝いだなんて⋯⋯! 悔しいっ⋯⋯ぜったいに、絶対に許さない⋯⋯っ!!)



 マリアンヌは自分にわざと聞かせるようにしている義姉たちの会話を耳にして、怒りと悔しさから再び唇を噛み締める。キンキンと響く笑い声に気が可笑しくなってしまいそうだった。

 きつく噛んだ唇からはジワリと血がにじみ、口内には鉄の味が広がるが今のマリアンヌにとっては些末なことである。


 そんな事よりも、最愛の息子であるオリヴァーが亡くなったことと、それをおめでたい事だという義姉たちを見て涙が止まらなかった。




 ひとしきりマリアンヌの反応を楽しんだ後、義姉たちは満足して帰って行く。

 オリヴァーの亡骸の前で呆然と佇むマリアンヌに、それまで部屋の隅で沈黙していた主治医が言った。


「マリアンヌ様、オリヴァー様は何者かに殺されたのです⋯⋯。おそらく、お食事に毒を盛られて⋯⋯」

「!!」

「オリヴァー様をお助けできず申し訳ございませんでした⋯⋯。この処分は謹んでお受けいたします」

「⋯⋯いいえ。貴方の所為ではないわ。⋯⋯教えてくれてありがとう。でも、このことは誰にも言ってはいけないわ。言ったら、次は貴方が⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯かしこまりました。マリアンヌ様、私にお力になれることがあればいつでもおっしゃってくださいね」

「ありがとう⋯⋯でも、貴方は自分のことだけ考えて」


(オリヴァーの死因に気付いたと知れば、この人も無事では済まないものね⋯⋯)


 マリアンヌに優しい声をかける者などこの国にはもう殆どいなかった。しかし、主治医のマリアンヌを気遣う言葉を聴いてとうに枯れ果てたと思っていた涙が再びじんわりと溢れ出した。






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