蝕む毒②


「それではァ、そろそろ本題に入りましょうかァ!」

「ええ、お願い」

「今回はァ————」


 もったいぶるように引き伸ばすストラスに、マリアンヌは緊張からごくりと唾を呑む。




「————ナツメグとジャガイモでいきましょうかァ!!」

「⋯⋯⋯⋯!?」


 予想外の食材の名前を耳にしたマリアンヌは唖然とした表情になる。


(ナツメグって⋯⋯あのスパイスの? それにジャガイモも、野菜の⋯⋯あの、ジャガイモ!?)



 マリアンヌの反応を見たストラスは予想通りとでも言うようにニヤリと口角を上げた。


「おやおやァ、その顔は⋯⋯驚いてるようですねェ! ボクが毒草を持って来ると思ってましたかァ」

「え⋯⋯ええ。そんな簡単に手に入るもので本当に大丈夫なの⋯⋯?」

「モチロンですゥ! ボクは薬学に精通する悪魔ですよォ? 信じてくださいィ!」

「も、勿論ストラスの事を疑ってるわけではないけれど⋯⋯」

「ボクに任せてくれれば万事問題無しですよゥ! ではではァ⋯⋯早速、今回の作戦の詳細をお話ししますねェ」

「⋯⋯ええ」


 こうして、マリアンヌと一人の悪魔による世にも恐ろしい作戦会議が始まった。

 それまで暇そうに壁に寄り掛かりうとうととしていたサタンは、ストラスとマリアンヌの話が気になったのだろう、2人の座るソファまで歩いて来たかと思えばドスンと勢い良く腰掛ける。


「俺様もその作戦とやらを聞いてやろう」

「⋯⋯はいはい」


(サタン様ってば、自分が蚊帳の外になるのは寂しいのね。⋯⋯ツンツンした態度に反して意外と可愛らしいところもあるじゃない)


「⋯⋯おい、人間。口だけでなく思考にも気をつけろよ」

「っ⋯⋯!!」


 サタンの無茶苦茶な物言いに、マリアンヌは開いた口が塞がらなかった。


(は、はあ⋯⋯!? そんなの無理に決まってるじゃないっ!!)


 マリアンヌは心の中で抗議し、それを読み取ったサタンはギロリと眼光鋭く睨みつける。2人の間にはバチバチと激しい火花が散っていた。




「あのォ⋯⋯一応ボクの見せ場なんでェ、そろそろ話を進めてもいいでしょうかァ?」


 先程は仲裁に回ったストラスだったが、今度はいい加減うんざりだという顔を隠すことなくジッと恨めしげな視線でサタンとマリアンヌを見ていた。



「⋯⋯え、ええ、話を中断してしまってごめんなさい、ストラス」

「ではではァ、気を取り直してェ⋯⋯。まず、ナツメグとジャガイモを使った料理————グラタンを醜く肥え太ったターゲットの貴婦人に食べさせますゥ。すると、数時間後には、めまいや嘔吐症状を起こして倒れるでしょうゥ!」


 ストラスは人差し指を立てて得意げに話し始める。

 一方、マリアンヌは身近な食材に潜む危険に驚きを隠せなかった。


「! ⋯⋯知らなかったわ。ナツメグとジャガイモには毒があったのね⋯⋯。ジャガイモを食べて体調を崩したという話は聞いたことあったけれど、死に至る毒があるなんて⋯⋯でも、この2つとも私も普段から食べているのだけど、今のところなんともないわよ?」

「ナツメグとジャガイモは適量かつ、正しい調理法であれば問題ないのですゥ。まァ、本当はナツメグだけでも十分なのですが、ターゲットにより苦痛を与える為のボクからのささやかなサービスですよォ! それに、ナツメグとジャガイモの相性ってバツグンに良いじゃないですかァ!!」

「そうなのね⋯⋯! ふふっ⋯⋯ありがとう、ストラス」


(もしかして、ストラスってナツメグとジャガイモが好きなのかしら⋯⋯?)


 得意気に語るストラスを微笑ましく見ていたマリアンヌは、ストラスにも協力のお礼としてナツメグとジャガイモを使ったグラタンを作ろうと心に決めた。



「倒れたターゲットをマリアンヌさんが看病するフリをして、更に追加で死なない程度のナツメグとジャガイモの入ったスープを定期的に摂取させますゥ。⋯⋯こうして、徐々に弱らせていき、最終的には死に至る⋯⋯という作戦になりますがいかがでしょうかァ?」

「ええ、ええっ! 最高よ、ストラス!!」


 マリアンヌは感動のあまり、思わずストラスを抱きしめる。

 しかしそこにマリアンヌの想像した温もりは無く、流石は悪魔というだけあってモフモフの暖かそうな外見に反して彼の身体はひんやりと冷たかった。



「もがっ⋯⋯お気に召していただけたようで、何よりですゥ⋯⋯!」


 マリアンヌの豊満な胸に埋もれたストラスは苦しそうに言った。



「あら、ごめんなさい」

「だッ、大丈夫ですよォ⋯⋯。しかし、先程の作戦には一つ問題があるのですゥ」

「⋯⋯どこかしら?」

「それは⋯⋯どのようにしてターゲットに自然に食べさせるか、というところですゥ!!」


 さも大問題だというように深刻な顔をしたストラスに、拍子抜けのマリアンヌは大きな瞳をパチクリと瞬かせた。


「なんだ、そんなこと⋯⋯! それなら簡単よ。エミリーはとても食い意地が張ってて、本人は隠したがっているのだけれど夕食だけじゃ足りないみたいなの。それで、いつも食料を求めて真夜中の厨房に忍び込んでいるのよ。だから⋯⋯今回の作戦はそれを利用しましょう」





✳︎✳︎✳︎





 早速、当日の夜に作戦を決行したマリアンヌ達は見事エミリーにナツメグとジャガイモのチーズがたっぷりと乗ったグラタンを食べさせることに成功する。


 ————そして、彼女が倒れたという知らせを聞いたのは、その翌朝のことだった。








「さてさて、マリアンヌさんの行く末は⋯⋯あの方の魂はどんな色に染まるのか⋯⋯楽しみですねェ、サタン様」

「フッ⋯⋯高潔な人間が堕ちていく様は何度見ても飽きないな」


 2つの黒い影の瞳は、ニィッと暗闇の中でひっそりと妖しく弧を描く。


 マリアンヌは、悪魔に魅入られるということを分かったつもりでいて、十分には理解していなかった。

 一度彼らの世界に足を踏み入れたらもう、戻れない。



 悪魔の毒はマリアンヌ自身も気付かぬうちに、気高く清廉なるその身をゆっくりと蝕んでいく————。










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