蝕む毒①
「ふむふむゥ、ゆっくりと人体を蝕む毒ですかァ⋯⋯」
「ええ。⋯⋯やっぱり、そんなものは無いかしら?」
「イエイエ! それでしたらいくつか心当たりがありますよォ! ボクにお任せくださいィ!」
「! ⋯⋯頼もしいのね。ありがとう、ストラス」
「そうですよォ! ボクって意外と頼りになっちゃうんですゥ!!」
マリアンヌの賛辞にストラスは嬉しそうに表情を緩め、胸を張る仕草をする。
会話の内容は兎も角、彼の無邪気さを見ているとやはり何処からどう見ても普通の男の子にしか見えないとマリアンヌは思った。
「それではァ、確実に獲物を仕留めるため⋯⋯まずはターゲットの視察に行って来ますのでしばしお待ちをォ」
「いってらっしゃい。⋯⋯よろしくね」
やる気に満ち溢れるストラスをマリアンヌは小さく手を振って送り出した。
✳︎✳︎✳︎
「マリアンヌさん、お待たせしましたァ!」
しばらくの後、相変わらずフワフワと宙に浮かんだストラスが勢い良くマリアンヌの部屋の扉を開け放った。
「おかえりなさい、ストラス。それで⋯⋯どうだった?」
「バッチリですよォ! あのふくよかな貴婦人を暗殺するための完璧な作戦を思い付きましたァ!」
「さすがストラスだわ! どこかの自称悪魔の王と違って頼もしいわね!!」
先程の仕返しにと、マリアンヌは態とらしくサタンの方を見ながら言った。
「貴様⋯⋯それはもしや、俺様の事を言ってるのではないだろうな?」
「何のことかしら? 私は一言もサタン様の事だなんて言ってないわよ?」
マリアンヌは意味深な笑みを浮かべる。
その挑発的な視線に気が付いたサタンは、怒りで口元をヒクヒクと引き
「悪魔の王など、俺以外に居ないだろうが! それに、自称などではなく正真正銘紛れもなく真に悪魔の王だっ!!」
「そうかしら⋯⋯? 人の心を勝手に読むだけじゃ飽き足らず、場を引っ掻き回して面白がる王様なんていないわ!」
「人間のくせに生意気な⋯⋯!!」
「ま、まあまァ⋯⋯。お二人とも、落ち着いてくださいよォ!」
マリアンヌとサタンの一触即発の空気を破るように、ストラスが間に入る。
「マリアンヌさん、今はそんな事よりもボクの素晴らしい暗殺計画を聞きたくありませんかァ? ⋯⋯サタン様も、人間相手にムキになるなんてらしくないですよォ。ボクの尊敬するクールで知的なサタン様はどこにいっちゃったんですかァ!」
「「ふんっ!!」」
ストラスの言葉にマリアンヌとサタンは渋々ながらもいがみ合いを止めるが、和解する気配は無く互いにそっぽを向いたままだ。
そんな主人と契約者のようすを目の当たりにしたストラスは「ケンカの仲裁なんてボクの仕事じゃないのになァ⋯⋯」と小さくボヤく。
ストラスは暫しの
そして、こしょこしょと内緒話をするように小さく愛らしい口をマリアンヌの形の整った耳に寄せた。
「⋯⋯マリアンヌさん、マリアンヌさん。知っていましたかァ? 時間を巻き戻すというのは、とても大掛かりな魔法なんですよォ」
「⋯⋯⋯⋯知らなかったわ。でも、それがどうしたって言うの?」
「大きな魔法にはそれなりのリスクが伴うのですゥ。にも関わらず、永い眠りから覚めたばかりのサタン様は貴女を助けるためにその魔法を使われたのですッ! ⋯⋯それに、マリアンヌさんといらっしゃるサタン様はとても楽しそうで、あんなにも活き活きとしているサタン様はボク、初めて見ましたァ。⋯⋯もしかすると、貴女には大分気を許されているのかもしれませんねェ」
ストラスは最後に「だから、多少の悪戯は許してあげてくださいねェ」と付け加える。
ストラスの説得にマリアンヌは小さく息を吐き、今回ばかりは仕方無く折れることにした。きっと、この場で一番大人なのは見目の一番幼いストラスだろう。
(私も少しだけ⋯⋯ほんの少しだけ、大人気なかったわ⋯⋯。それにしてもストラスってば、サタン様にはもったいないほどの良く出来た臣下じゃない⋯⋯)
「ふん、全ては俺様の教育の賜物だ! しかし当然、王である俺の方が何倍も⋯⋯いや、何十倍も優秀だがな!!」
反省の色もなく高らかに笑い、またもや無遠慮に人の心を読むサタン。そんな我が道を行く悪魔の王にマリアンヌは諦めのため息を吐く。
(もうこの際、心を読まれることに関しては諦めましょう⋯⋯。どのみち悪魔に隠し事なんて出来っこないもの⋯⋯)
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