善意の裏側②


 サタンと話しながら廊下を歩いていると、不意に右目に激痛が走る。突然の鋭い痛みにマリアンヌは思わずその場で足を止めた。




「⋯⋯っ!!」


(っ! また⋯⋯! 今度は何⋯⋯!?)



 サタンから与えられた近い未来を見ることの出来る“未来視の瞳”はオリヴァーの毒殺未遂以降、痛みと引き換えに、こうして時々マリアンヌたちの危機を知らせてくれていた。


 そのおかげで、ウィンザー一族————主に義姉のイザベラから度々命を狙われるも、マリアンヌとオリヴァーはこうして今も無事に生きながらえている。



「⋯⋯⋯⋯次は階段から突き落とされるようね⋯⋯」


 マリアンヌはいい加減うんざりだというように深くため息を吐いた。


(どんなに恐ろしいことでも、初めから知っていれば怖いものなんて無いわ。⋯⋯それにしてもあの人たち、段々と手段を選ばなくなってきたわね)



 廊下の角を曲がり階段へと差し掛かった頃、背後に気配を感じたマリアンヌはくるりとドレスをひるがえして後ろを振り返った。ふわりと風を受けてなびくスカートを軽く整えて、目の前の人物を見つめる。

 いつの間にかサタンの姿は消えていた。




「⋯⋯お義姉さま、私に何か用でも?」


 突然振り返ったマリアンヌを見たイザベラは、突き落とそうとした体勢のまま深紅の瞳を大きく見開いて固まっていた。

 暫しの沈黙の後、両手を前に突き出した格好である事に気付いた彼女はサッと後ろ手に殺意の名残りを隠す。



「い⋯⋯いや、アンタの肩に糸くずがついてたから取ってあげようとしただけよ⋯⋯」


(⋯⋯両手で取ろうとしてくれるなんて随分と親切だこと)



「それはそれは⋯⋯ご親切にどうもありがとう。でも、こんなところでいきなり後ろから近づかれたらあらぬ誤解を招いてしまいます。————もしかしたらお義姉様は私を突き落とそうとしているのではないか、とか。せっかくのご好意を無駄にはしたくありませんし、危険ですので次からは口頭で教えてくださいますか?」

「⋯⋯⋯⋯わ、わかったわ⋯⋯」


 イザベラはそれだけ言って悔しそうに顔を歪めて逃げるようにしてその場を後にした。



 ことごとくマリアンヌとオリヴァーの殺害計画が失敗しているイザベラたちは目に見えて焦っていた。

 それに加えてイザベラに協力していた義妹のエミリーも倒れてしまったため、相当に切羽詰まっているのだろう。その為か、最近は例え成功したとしてもすぐさま犯人が暴かれてしまうようなお粗末な手段ばかりを取るようになっていた。


 さらに、幸運な事にイザベラは標的をオリヴァーからマリアンヌへと変えたようだ。オリヴァーを殺害しようとしてもマリアンヌが邪魔をするため、先に母親から始末してしまおうという魂胆だろう。

 しかし、未来を視ることが出来るマリアンヌにとってはどれも恐るるに足らないことであった。



(あの人たちの狙いがオリヴァーから私に逸れたのは幸運だったわね。だけど、私は貴女たちのような甘い殺し方なんてしないわ)


 悪魔に復讐を誓ったマリアンヌは徐々に小さくなるイザベラの背中を見つめ、人知れずほくそ笑むのだった。





あと2話でストラス編が終わる予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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