悪魔の祝福②
「っ⋯⋯うぅ⋯⋯!」
床に膝を付き、瞳を押さえてうずくまる。
永遠にも思えるほどの長い時間、マリアンヌの右目はジンジンと熱く痛み、血管はドクンドクンと激しく脈打っていた。
しばらくの後、やっと右の瞳から痛みと熱が引いたマリアンヌは、姿見で己の姿を確認する。
(⋯⋯? 何も変わっていないわ⋯⋯⋯⋯)
怪訝な顔をするマリアンヌを見たサタン。彼はそれまで痛みに悶えるマリアンヌの姿をただジッと見ているだけだったが、ついに口を開いた。
「お前に、近い未来を視る力を授けた」
「え⋯⋯? 私を
「今は、な」
マリアンヌの言葉に、サタンはクッと笑い声を
「⋯⋯⋯⋯」
マリアンヌにはサタンの言葉がどうにも信じられなかった。あんなにも激しい痛みに耐え抜いたというのに、己の瞳に映る景色はいつも通りで一切の変化も感じなかったからだ。
しかし、先程までの痛みの余韻から涙を流すも左の瞳から流れ出るのみで、悪魔の祝福を受けた右の瞳から涙が零れ落ちることは無かった。
✳︎✳︎✳︎
「さて、そろそろ戻すか」
不意に呟いたサタンは、親指と人差し指を合わせて指を鳴らす動作を取ろうとする。
「ああ、そうだ」
サタンは何かを思い出したように手を下ろしてマリアンヌを見やり、一度は彼によって床に捨て置かれたグリモワールを指して言った。
「そのグリモワールは肌身離さず持っていろよ」
「な、なんですって!? ⋯⋯そんなの無理よ! こんなもの持っていたら今でさえ悪女と呼ばれているのに、悪魔信仰の魔女にされてしまうわ! もうこれ以上、オリヴァーに嫌な思いはさせたくないの!!」
サタンのさも当然というような物言いに、マリアンヌは戸惑い、反論する。
しかし、そんなマリアンヌを見たサタンはまたもや鼻で一笑した。
「ハッ! 普通の人間にはこれがグリモワールだとは認識出来ない。⋯⋯どうだ、安心したか?」
サタンはマリアンヌの反応にひとしきり笑った後、満足げに息を吐きすらりと長く美しい指をパチンと鳴らした。
その瞬間、今まで止まっていた時が動き出す。
蝋人形のように微動だにしなかったオリヴァーは透き通った赤色の瞳をパチクリと瞬かせる。
壁掛けの時計は再び忙しなく時を刻み、静寂に包まれていた室内に久方ぶりに規則正しい秒針が響いた。
「あれ? ⋯⋯お母様、いつの間にそんなところに?」
「っ⋯⋯!!」
サタンが時間を止める前まで、マリアンヌとオリヴァーはしっかりと抱き合っていた。それが今は、オリヴァーを残してマリアンヌは少し離れた姿見の前に立っている。
オリヴァーが不思議に思うのも仕方がないことだ。
(サタン様! いきなり戻さないでよ⋯⋯!)
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