未来視の瞳①


「そ、そうだったかしら? ⋯⋯きっと、オリヴァーの気のせいよ」


 マリアンヌは、キョトンと不思議そうな顔で自分を見つめるオリヴァーの顔を真っ直ぐに見ていられなくて、そっと目を逸らす。

 しかし、母を疑うことを知らないオリヴァーは、不審な様子のマリアンヌの言葉にも納得したようであった。



「そっかあ! お母様が言うなら僕の勘違いだったのかも! 変なこと言ってごめんなさい」

「⋯⋯オリヴァーは悪くないわ。そ、それよりも、そろそろ晩餐会に向かわなくっちゃ。急いで準備をして向かいましょう」

「はいっ、お母様!」


(オリヴァーは何も悪くないのに⋯⋯。これも全てはサタン様のせいなのよ!)


 何も知らないオリヴァーの無垢な笑顔を見たマリアンヌは、罪悪感に押し潰されそうになった。心の中でこの原因を作ったサタンへの恨み言を連ねる。




 後ろめたい気持ちのまま、晩餐会用のイブニングドレスに着替えたマリアンヌはオリヴァーと並んで屋敷の長い廊下を歩く。

 すると、オリヴァーはマリアンヌが大切そうに抱えているグリモワールを見て、再び不思議そうに首を傾げた。



「⋯⋯お母様、その本はなぁに?」

「えっ⋯⋯!?」


(そうよね、食事の場にわざわざ本を持っていくのは不自然だもの。オリヴァーが不思議に思うのも無理ないわ⋯⋯)


 マリアンヌは額に冷や汗を浮かべながらも咄嗟に思い付いた言い訳を並べる。


「ええっと⋯⋯こ、これはお母様の御守りみたいなものよ⋯⋯! 肌身離さず持つことで効果があるものなの!」

「御守り⋯⋯⋯⋯?」

「ええ、そうよ!」


(どうやら本当に私以外にはグリモワールと認識出来ないようね⋯⋯。良かった⋯⋯!)


 マリアンヌの苦しい言い訳にも純粋なオリヴァーは納得したようで、そのことにホッと息を吐く。



「僕も、お母様のこと守ってあげる!」


 オリヴァーはしばし考え込んだ後、不意に立ち止まり笑顔でそう言った。そしてその小さな手でマリアンヌの手をギュッと握り締める。

 健気なオリヴァーの言葉に、マリアンヌは胸がキュッと締め付けられる心地だった。



「オリヴァー、ありがとう。⋯⋯お母様も、絶対に貴方のことを守るからね」


 マリアンヌは喉元まで出かかった『次こそは』という言葉を飲み込んだ。



(このような殺伐とした環境でも、天真爛漫で優しい子に育ってくれて嬉しいわ⋯⋯)


 マリアンヌは感極まって溢れそうになる涙をオリヴァーに悟られまいと、愛しい息子の身体を優しく抱きしめた。







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