重なる影②


 エミリーの葬儀は近しい親族と、ごく一部の親しい友人のみの参加で粛々と執り行われた。

 さすがのイザベラも仲の良かった実の妹の死は堪えているようで、ハンカチを握りしめた彼女は泣き腫らして真っ赤になった目から今もなお静かに涙を流している。

 その憔悴しきったイザベラのようすを見るに、しばらくの間はマリアンヌとオリヴァーに危害を加える心配はないだろう。



 聞いた話によると、どうやらエミリーの死因は病気によるものということで片付けられたらしい。

 元々、無茶な暴飲暴食を繰り返していた彼女は主治医から幾度となく厳重注意を受けており、長年の不摂生な生活が祟っての突然死だったという見解でマリアンヌの関与を疑う者は誰一人としていなかった。

 むしろ、最期まで甲斐甲斐しく看病し続けたマリアンヌに感謝の言葉をかける者も居たくらいだ。


 マリアンヌによる初めての完全犯罪は成功に終わったのだった。


(なんたって悪魔が共犯者なんですもの。何も恐れるものはないわ)


 マリアンヌは自らの計画が順調に進んでいることに喜びを隠せないようすで思わず頬が緩んでしまう。



「⋯⋯悪夢を見て怯えていたのが嘘のようだな」


 ズルリと影から這い出たサタンがニヤリと口角を上げ、マリアンヌを揶揄うように言った。


(サタン様! いきなり出てこないで頂戴っ⋯⋯今はオリヴァーもいるのよ⋯⋯!)



 エミリーの葬儀を途中退出した後、マリアンヌはオリヴァーと共に自室へと戻って来ていた。

 いつもの如く、突然現れたサタンを見たマリアンヌは心の中で彼を咎め、恐る恐るオリヴァーのようすを確認する。しかし、オリヴァーがサタンの存在に気付いたようすは無いようで、マリアンヌはホッと胸を撫で下ろした。

 それどころか、オリヴァーはマリアンヌには普段手にする機会のないような分厚い専門書を黙々と読んでいる。



(そういえば、サタン様は私以外には見えないのだったわ⋯⋯)


 肝心な事を思い出したマリアンヌは安堵から小さく息を吐き、にっこりと微笑んでオリヴァーに尋ねた。


「オリヴァー、そんなに真剣に何を読んでいるの?」

「ラテン語の本だよ! 僕は将来、お父様の跡を継いで公爵になるでしょ? だから、その時に困らないように今からたくさん勉強しておくんだ! ⋯⋯そして、大きくなったら僕がお母様をこの国で一番幸せにするんだ!!」


 マリアンヌの問いにパッと顔を上げたオリヴァーは屈託のない笑顔で言った。



「オ、オリヴァー!! 貴方って子は⋯⋯っ!!」


 嬉しさと愛しさで胸がいっぱいになったマリアンヌは、碧の瞳を潤ませてオリヴァーに抱きつく。

 ギュッと両腕でオリヴァーの身体を包み込み、ちょうど顔の高さにあった彼の髪に顔を埋めると、マリアンヌと同じ柔らかい金の髪が優しく頬をくすぐった。



「わっ、お母様⋯⋯!?」

「⋯⋯オリヴァー、貴方の気持ちは嬉しいけど無理はしないで⋯⋯! お勉強の時間以外は好きなことをしても良いのよ?」

「うん! でも僕、お勉強が好きなんだ! 無理なんてしてないよ!」

「そうなの? オリヴァーのやりたい事がお勉強なら、お母様は応援するけれど⋯⋯」


 その後も、オリヴァーは遠い遠い未来の話を楽しそうにマリアンヌにきかせた。

 話もひと段落し、再び本に目を落としたオリヴァーをマリアンヌは寂しげな笑みを浮かべて見つめる。


(オリヴァーは、どんな大人になるんでしょうね。⋯⋯その時私は、貴方の側にいてあげられるのかしら————)



「⋯⋯⋯⋯」



 マリアンヌが感傷に浸っているさまを、サタンは離れたところから感情の窺えない表情で静かに見つめていた。

 しかし、マリアンヌはその視線に気付くことは無く、彼の真意ですら、その時のマリアンヌは知る由もなかった。





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