色欲の悪魔アスモデウス


 ————来たれ、我は汝を召喚する者なり。序列32番目にして大いなる王、アスモデウスよ。我が問いかけに応じ姿を現せ。



 マリアンヌがその呪文を口にした途端、辺りは眩い光に包まれた。



「⋯⋯⋯⋯っ!」


(やっぱり、目も開けられないほど眩しいわ⋯⋯! ストラスの時よりも森の奥深くにまで入って来て正解だったわね)



 召喚陣から放たれる白い光が落ち着いた頃、マリアンヌはようやくそっと目を開けた。召喚陣の上には、ストラスの時と同様に黒い煙のようなものが漂っている。

 すると、そのモヤは突如として、召喚陣から勢い良く飛び出しサタン目掛けて突進して行く。


「サタン様っ、危な⋯⋯⋯⋯!!」


 言い切る前に、マリアンヌは咄嗟にサタンの方へと手を伸ばしたが、その手は虚しくも空を切る。


(もしかして私、アスモデウスの召喚に失敗してしまったの!? 不味いわ⋯⋯サタン様に、怒られる⋯⋯!!)



 しかし、焦るマリアンヌに対しサタンは至って冷静だった。黒いモヤが襲いかかってきていることは分かっているはずなのに、その場から動こうとはしない。


 マリアンヌは見ていられなくて、思わずギュッと目を瞑る。






「サタンさまっ! 久しぶりね!!」


(⋯⋯⋯⋯?)


 暫くして、マリアンヌは不意に耳に入ってきたサタンのものではない、甲高い声にそっと目を開けた。


「!!」


(召喚に成功⋯⋯したの?)


 マリアンヌが目にしたのは、サタンに絡みつくようにして抱きつく若い女性の姿だった。

 彼女は、軍人のようなジャケットに帽子、膝より上の短いスカートという珍しい格好をしており、淡い空色の瞳に同じ長さに切り揃えられた濃いピンクの髪という目を引く様相であった。



「あァん⋯⋯ッ⋯⋯サタンさまってば、相変わらず良いカ・ラ・ダ♡」


 うっとりと恍惚こうこつとした表情でサタンを見つめる少女に対し、サタンはげんなりとした様子である。


「ええい、鬱陶しい! いい加減離れろ!!」


 ついに我慢ならなくなったサタンは、乱暴な動作でその少女を突き飛ばしてしまう。



「やーん♡ サタンさまってば、冷たーい!!」


 心底不愉快そうにヒクヒクと目尻を引き攣らせるサタンを見ながらも、キャッキャと楽しそうに笑う少女を見たマリアンヌは、思わず口を開く。


「⋯⋯サタン様、いくら悪魔でも女性に手を上げるのはいただけないわ」


 マリアンヌは厳しい視線でサタンを咎める。その言葉を聞いた彼は、不機嫌なようすで口を開いた。


「⋯⋯何を言う、人間よ。こんな見てくれだが、コイツは歴とした男だぞ」

「えっ!? お、男⋯⋯!?」


 驚愕に目を見開くマリアンヌの前に、ヒラリと短いスカートをなびかせながら向かい合うようにして立った彼女改め彼は、にっこりと可愛らしい顔で笑った。



「初めまして、ご主人さま! 僕の名前はアスモデウス。今流行りの男の娘だよ! ————僕と一緒に、本能のまま乱れちゃおっ♡」







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