悪魔の召喚


「はぁ⋯⋯。やっぱりまた、この儀式をするのね」


 深々とため息を吐いたマリアンヌは、不安げな表情を浮かべてしきりに辺りをきょろきょろと見回している。


(今は普段よりも屋敷に人が集まっているから、見つからないか心配だわ⋯⋯)



「当たり前だろう。文句ならろくに魔力を持たない自分に言うことだな」

「う、生まれついたものは仕方ないじゃないっ!!」



 夜も深まった頃、マリアンヌとサタンは屋敷の裏庭から数十分ほど歩いたところにある、滅多に人の寄り付かない薄暗い森の中に来ていた。

 そこでマリアンヌは手頃な枝を見つけ、胸元で大切そうに抱えていたグリモワールを開く。



(今回はサタン様に言われる前に完璧に悪魔を召喚してみせるわ! ええっと⋯⋯今回召喚するアスモデウスの召喚陣はこれね)


 マリアンヌはストラスの時よりかは幾分か慣れた手つきで、地面にスラスラとアスモデウスの召喚陣を書いていく。



「ふう⋯⋯。なんとか書けたわね。⋯⋯サタン様、これで良いかしら?」

「ふん、及第点といったところだな」


 マリアンヌの書いた召喚陣を一瞥したサタンは素っ気なく言った。



「それなら良かったわ。サタン様に言われた通り、空の杯とナイフを持ってきたけれど⋯⋯本当にこんなものがアスモデウスへの捧げ物なの?」

「いいや、それでは不十分だ。肝心なものが足りない」

「なっ、なんなのよ⋯⋯。足りないならもっと早く言ってもらえないかしら? 今さら屋敷に戻っている時間なんて無いのよ⋯⋯?」


 マリアンヌはサタンの説明の不十分さに苛立ちを隠す事なく、ムッと真っ白な頬を膨らませる。



「まあ、そう急くな。お前にも簡単に用意出来るものだ」


 サタンはゆったりと召喚陣の周りを歩きながらニヤリと笑い、マリアンヌを指差した。



「お前の血⋯⋯まあ、本来ならば穢れを知らない乙女の血————つまり、処女の血が好ましいんだが⋯⋯⋯⋯この際、仕方がない。そこに、お前の血液を入れろ」


 マリアンヌはやれやれと困ったように首を横に振るサタンを見て、カァっと頭に血が昇る。



「穢れた女で悪かったわねっ⋯⋯!!」


 マリアンヌは怒りのままに僅かに震える手でナイフを持ち、杯の上に手を掲げる。そして、折れてしまいそうなほど細い手首に刃を当て、スッと軽く引いた。


「⋯⋯っ!」


 傷口からポタポタと赤い雫が杯へと落ちる。しばらくジッとその様子を眺めていると、徐々に流れる血液の量が少なっていく。

 不思議に思ったマリアンヌが傷口を確認すると、ナイフで切ったはずの傷が跡形もなく消えていた。



(どういうことなの⋯⋯? 傷が塞がっているわ⋯⋯!!)



「この俺様と契約してるんだ。そのくらいの傷は一瞬で治るさ」


 驚きを隠せないマリアンヌにサタンは「人間がつけた傷は直ぐに消えるが、天使や悪魔につけられた傷は治りづらい」と説明した。

 状況を飲み込めず、しばらくの間呆気に取られていたマリアンヌだったが次第に落ち着きを取り戻す。



「このくらいの量で足りるかしら?」

「ああ、問題ない」

「⋯⋯でも、本当に私の血で大丈夫なの⋯⋯?」

「アスモデウスは、いわゆる美女の血も大好物だからな。まあ⋯⋯百歩譲って、お前でも問題ないだろう」


 そう言いながら、サタンはマリアンヌの頭の天辺からつま先までを顎に手を当てじっくりと眺めた。

 しかし、その視線はセオやノアのものとは違い、不思議とマリアンヌを不快にさせることは無かった。



「さて、準備が出来たら召喚するぞ」

「ええ⋯⋯!」


 マリアンヌはグリモワールを片手に呪文を詠唱する。


「————来たれ、我は汝を召喚する者なり。序列32番目にして大いなる王、アスモデウスよ。我が問いかけに応じ姿を現せ」






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