ウィンザー一族


 マリアンヌの復讐すべきウィンザー公爵家の一族はマリアンヌの夫であるフレディをはじめ、その姉であるイザベラと彼女の息子のトーマスとジェームズ。フレディの妹であり今は亡きエミリーとその息子のアイザックに、歳の離れた弟のセオとノア。

 さらには、フレディの義理の母でありセオとノアの実母であるゾーイと、叔父のカーターの計10名である。


 エミリーは既にマリアンヌの手に掛けられ死亡しているため、復讐すべきウィンザー一族は残り9名となった。

 因みに、イザベラの夫は失踪中で、エミリーの夫は性格の不一致により現在別居中だ。



(無いとは思うけれど、イザベラとエミリーの夫がウィンザー一族の問題に口出しするなら容赦はしないわ)


「⋯⋯まだ、私の復讐は始まったばかりよ」


 マリアンヌは人知れずぼそりと呟き、手にしていたグリモワールをパタンと静かに閉じた。





✳︎✳︎✳︎





「オリヴァーは、お父様に会うのは久しぶりね」

「うん!」


 マリアンヌとオリヴァーは手を繋いでゆっくりと屋敷の廊下を歩く。目的地はフレディ公爵の寝室だ。



「ねえ、お母様。お父様は⋯⋯大丈夫なの?」


 オリヴァーは先程までの笑顔から不意に表情を曇らせ、握った手にキュッと力を入れて尋ねた。


「⋯⋯⋯⋯ええ。心配ないわ、オリヴァー。じきに回復するってお医者様も言っていたもの」


(幼いこの子に本当の事を言うのは酷でしょうね⋯⋯ごめんなさい、オリヴァー。例え真実を知った貴方に恨まれたとしても今は、まだ————)


「お医者様が言うなら間違いないね! ⋯⋯はやく元気なお父様とお話したいなぁ⋯⋯」

「⋯⋯そうね。さ、お父様のお部屋についたわ。きっとお休みになっていると思うから、静かに入りましょうね」

「はい、お母様!!」


 マリアンヌの言葉に元気いっぱいに返事をしたオリヴァーは、途端にハッとして口を押さえる。


「あっ⋯⋯ご、ごめんなさい、お母様⋯⋯」


 恥ずかしそうに頬を赤らめるオリヴァーを見たマリアンヌは、その微笑ましいようすにクスリと笑みをこぼした。


「さあ、入りましょう」

「う、うん⋯⋯」


 フレディが静かに眠るベッドの傍には、死に戻る前のオリヴァーを看取った主治医————マルコがいた。

 彼はマリアンヌとオリヴァーの姿を見るなり、直ぐに立ち上がって胸に手を当てて深々とお辞儀をする。


「マリアンヌ様、オリヴァー様。お久しぶりでございます」

「公爵の容態はどう?」

「マルコ先生、お父様はもうすぐ元気になるんだよね⋯⋯?」


 病に臥せるフレディを目の当たりにしたオリヴァーは、兎のように赤い瞳を潤ませながらマルコに尋ねる。


「⋯⋯⋯⋯ええ、もちろんですとも」


 マルコは少しの間の後、にっこりと微笑んで答えた。



「よかったぁ! お父様をよろしくお願いします、マルコ先生!」

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 マルコの言葉に安心したオリヴァーは、パァッと満面の笑みを浮かべた。

 そんなオリヴァーを見たマリアンヌとマルコは暗い表情になり、互いに顔を見合わせる。




「時に人間とは残酷だな。⋯⋯コイツがもう助からない事は誰の目から見ても明らかだというのに、そんな嘘をつくなんてな」


 いつの間にか、再びマリアンヌの影から出て来ていたサタンはベッドに横たわるフレディを見下ろして言った。


 ベッドで眠るフレディは規則正しい寝息を立てており、一見すると彼の容態は落ち着いているかのようにも見える。

 しかし、一日の大半を眠り続けるフレディは現在も一時も油断できない状態が続いており、彼が回復する見込みはほとんど無かった。

 それでも、マリアンヌはこれ以上残酷な現実をオリヴァーに見せたくなくて、何事もないように振る舞い続ける。


(サタン様、嘘はときに必要なものよ。⋯⋯誰かを想ってつく優しい嘘は、ね⋯⋯)



「⋯⋯つくづく理解出来ないな。希望を持たせておいてどん底まで突き落とすなど⋯⋯お前は非道い母親だ」


 マリアンヌの言葉にサタンは「人間とは難儀なものだ」と言って、嘲るように鼻で笑ったのだった。






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