薬学の悪魔ストラス①


 ————来たれ、我は汝を召喚する者なり。序列36番目にして地獄の大君主、ストラスよ。我が問いかけに応じ姿を現せ。



(ま、眩しすぎるわ⋯⋯! この光で人が集まってこないかしら⋯⋯?)


 呪文を唱え終えた瞬間、召喚陣が発光し辺り一面を覆った。その眩さにマリアンヌは目を開けていられず、ギュッとキツく瞑る。




「⋯⋯⋯⋯っ」


 光が落ち着いた頃、ようやくマリアンヌはそうっと目を開く。しかし、未だマリアンヌの視界には先ほどの閃光せんこうの残像がチカチカと瞬いていた。



「良かったな、成功したみたいだぞ」

「え⋯⋯? ほ、本当に成功したの?」


 サタンの言葉にハッとして未だ微かに光を帯びる召喚陣に焦点を合わせる。

 しかし、マリアンヌの予想とは裏腹にそこには黒いモヤのようなものがかかっているだけで、とてもじゃないが悪魔の召喚が成功したようには見えなかった。



「ああ。俺が出てきた時もこんな感じだったろう?」


 そう言われて、マリアンヌはサタンと出会った時のことを思い返す。

 確かに彼の言う通り悪魔は黒い煙の中から姿を現すようだが、その時に比べると今回はだいぶ規模が小さいようで、マリアンヌは一抹いちまつの不安が拭えなかった。





「⋯⋯⋯⋯人間よ、我に何用だ」


 しかし、僅かな沈黙の後、マリアンヌの心配とは裏腹に黒いモヤから低く、くぐもった声が聞こえてくる。

 驚いてサタンを見やると口角をこれでもかと上げ、得意げな顔をしてこちらを見ていた。彼の表情からは「だから言っただろう?」とでも言いたげなようすがありありと伝わってくる。



「さて⋯⋯召喚に成功したら、次は交渉だ」

「え、ええ⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 マリアンヌはごくりと唾を呑み、覚悟を決めてすうっと息を吸い込む。

 ストラスもジッと息を潜めてマリアンヌの次の言葉を待っているようだった。



「————わ、私はマリアンヌ・リリー・ウィンザー。ストラス⋯⋯貴方と契約したくて喚んだのよ」

「⋯⋯⋯⋯お前の望みと、それを叶える代償を言え」

「⋯⋯私の望みは、私と息子を殺した奴らへの復讐よ。⋯⋯そして、その代償は————」


 マリアンヌは次の言葉を口にする前にごくりと息を飲み、隣に立つサタンをうかがい見た。


(サタン様⋯⋯本当に大丈夫なんでしょうね⋯⋯?)



「安心しろ、何のために俺がいると思っているんだ」


(そうよね、なんてったって私には悪魔の王が味方についているんだもの。怖いものなんて何も無いわ⋯⋯!!)




「————代償は、これよ!!」


 マリアンヌは声を大にしてここに来る途中、厨房にこっそり忍び込んでくすねてきた本日の朝食に使う予定だったであろう下処理済みのウサギの生肉を両手に掲げる。



「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 しかしサタン曰く、ストラスの大好物であるそれを見せるも彼は黙り込んだままであった。

 沈黙がマリアンヌの肌にチクチクと刺さるほどに痛い。



 そして永遠にも思えるようなしじまの後、ようやくストラスが口を開いたが、どうやら残念なことに交渉は決裂したようだった。



「⋯⋯人間よ、我を愚弄する気か」



(や、やっぱりダメなんじゃない⋯⋯っ!)


 マリアンヌは恨めしげにじろりとサタンを睨む。

 すると、サタンは面倒くさそうに深くため息を吐き、ストラスの召喚陣の前までスタスタと歩いて行く。



「⋯⋯オラッ。いつまでゴネてんだ、ストラス。偉大なる王の御前であるぞ」

「あっ、あア! 痛ィ、イタイっ⋯⋯蹴らないでくださいよォ、サタン様ァ!!」

「っ⋯⋯⋯⋯!?」


 サタンに蹴りを入れられた途端、ストラスの声が先程までの威厳ある低音から途端に甲高いソプラノになったことにマリアンヌは驚きを隠せなかった。






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