アスモデウス編

悪夢①


 前も後ろも分からないほどの暗く深い闇の中、何者かがマリアンヌの背中を追いかけてくる。

 暗闇にいる筈なのにぼんやりと光を帯び、何故かはっきりと認識出来る人型を模した影。闇黒をかたどったそれからマリアンヌは必死に両足を動かし逃げ惑っていた。



「はぁっ⋯⋯はぁっ⋯⋯!!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 マリアンヌを追いかけてくる影はゆっくりと、しかし確実に一歩一歩をしっかりと地に付けて歩いてくる。

 片や、マリアンヌは全速力で息を切らしながら走っていた。


 歩幅も速度も違う。————それなのに、一向に2人の距離が開くことはない。



 確かに前へ進んでいるはずなのに、進んでいる気がしなくて、マリアンヌにはそのことが一層恐ろしく感じた。



(一体、あれは誰なの⋯⋯!? それに、ここはどこ⋯⋯!?)



 出口も見えず、方向すらも分からない暗闇にたった一人————。

 助けを呼ぼうにも、マリアンヌにはここがどこかも分からず、いつも肌身離さず持っている頼みの綱であるグリモワールも何故か今は手元に無かった。



(サタン様っ⋯⋯⋯⋯!!)


 マリアンヌは心の中で祈るように、かの悪魔の名前を呼んだ。しかし、いつもなら直ぐに己の影から出てくるサタンが姿を見せることは無かった。

 それもそのはずで、光の一切当たらない深淵の闇の中にいる今のマリアンヌには影など出来るはずも無く、そのことを理解したマリアンヌの心は絶望で染まる。



「⋯⋯っ! きゃあっ!?」


 

 孤独感に押し潰されそうになった時、突如として走っているマリアンヌの足元にコツンと重量のある何かがぶつかった。突然の事に全速力で走っていたマリアンヌはその勢いのままに転んでしまう。


 正体不明のその物体に覆い被さるようにして倒れたマリアンヌは驚いて声を上げた後、ぐにゅりと柔らかさを感じる不気味なそれの正体を確かめる為、恐る恐る顔を近づけて目を凝らした。

 


「⋯⋯⋯⋯っ!!」


 マリアンヌは思わず息を呑む。

 そこには、此処に居る筈のない人物が横たわっていた。







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