傾国の悪女②
「時に、ご主人さま————。恋ってしたことある?」
マリアンヌはアスモデウスの唐突な質問に首を傾げつつも素直に答えた。
「⋯⋯⋯⋯恋なんてしたことないわ。だって、恋を知る前にフレディ公爵と結婚することになったんだもの」
「それは残念⋯⋯。あの2人を落とすには先ず、ご主人さまが恋を知らなくっちゃ!」
「そ、そんなこと言われても⋯⋯私はもう既婚者なのだし、今更⋯⋯⋯⋯」
アスモデウスの言葉にマリアンヌがおろおろと困惑していると、ソファで優雅に足を組んだサタンがフンと鼻で笑う。
「恋や愛なんて感情の必要性を感じないな。所詮は自分たちは理性的だと主張する人間が、繁殖するための理由付けをしたに過ぎない」
「サタンさまってば夢がないなぁ⋯⋯。恋だって愛だって⋯⋯色欲だって、素晴らしいモノなのに♡」
アスモデウスは妖艶な笑みを浮かべ、ぺろりと舌を舐めずりする。ちらりと覗く真っ赤な舌とてらてらと光る唇がいやに妖美で、どうにも居心地の悪さを覚えたマリアンヌは思わず顔を背けた。
「ふん、悪魔が愛を語るなんてバカバカしい」
「悪魔が愛を語って何が悪いのっ!? もうっ! サタンさまのわからずやっ」
先程までの大人っぽい表情はいつの間にやら鳴りを潜め、そっぽを向くサタンをキッと睨み付けたアスモデウスは頬を膨らませてポカポカと彼の真っ黒な背中を叩く。
しかし、肝心のサタンにはどこ吹く風で全く相手にされていなかった。
(この2人って⋯⋯とことん気が合わないのね。でもこんな時にケンカされても困るわ⋯⋯!)
「アスモデウス、落ち着いて⋯⋯!サタン様もアスモデウスをわざと煽らないで!」
「俺様は悪くない。コイツが悪魔のくせに己の立場もわきまえない幼稚なことばかり言うからだ」
「〜〜〜〜っ! もうっ⋯⋯サタンさまなんて知らないっ!!」
アスモデウスはサタンに向かって人差し指で下のまぶたを引き下げ、挑発するようにベーっと舌を出す。
そんな2人の悪魔の応酬にマリアンヌは頭を抱えた。
(サタン様もアスモデウスも⋯⋯これならうちのオリヴァーの方が余程大人だわ⋯⋯!!)
「ご主人さまっ! サタンさまなんて放っておいて僕たちだけで作戦を考えよっ?」
「え? ええ⋯⋯」
サタンの側から離れたアスモデウスは、マリアンヌの隣に座る。
いつの間にか彼は先程までの幼い表情から、再び艶やかな笑みを浮かべていた。
「あ、アスモデウス⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯ねぇ、ご主人さま」
アスモデウスは不意にクイっと優しい仕種でマリアンヌの顎を持ち上げ、マリアンヌの揺れる碧の瞳をジッと見つめる。
(⋯⋯⋯⋯?)
「ご主人さまは、恋が分からないって言ったよね?」
「え⋯⋯ええ、そうよ」
マリアンヌが戸惑いつつも答えを口にした瞬間、アスモデウスの雰囲気が変わる。ピンと張り詰めた空気の中、彼は口を開いた。
「————それなら、悪女を演じなさい。傾国と呼ばれたヘレネのように」
アスモデウスの吸い込まれてしまいそうな程の澄んだ空色の瞳から、マリアンヌは目が離せなかった。
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