第30話 海賊

 陸路と海路では違う点が大きく3つある。

 ひとつは足だ。陸では馬が必要だが、海では船が必要になる。しかし船は製作に莫大な費用を要する上に期間もかかり、容易に手に入れることはできない。

 ふたつめは人員だ。たとえ船を持っていたとしても動かす人間がいなくては進まない。小さな船では荒い海は渡れないため、大きな船に多くの船員が必要となる。陸路と違って、海を行くにはそれなりの人数を雇わなければいけない。

 そして最後が通行証。陸路にも関所はあるが行き来は自由だ。だが一方、諸外国と繋がる海路は、国境と同程度の防衛が求められるが故に、関所を通る際に通行証の提示が必要となっている。通行証は各地域の役所で手続きすれば発行されるが、厳しい条件があり承認に期間を要する。

 そしてジェラルド一行は、現状、そのひとつも持ち合わせていなかった。

「だから西に向かう船に乗せてもらわなきゃいけないっていうのはわかったんですけど、乗り込む船が商船じゃなくて、である必要性って何なんですかぁ」

 ニコが弱気な声を上げた。目の前で刃物の切っ先が煌めき、さらに震え上がる。私も唾を飲み込んだ。

 私たちはよく焼けた屈強な体に、剥き出しの刃物を引っ提げた連中に囲まれていた。全員が一様にジェラルドたちを睨みつけている。

「商船だと途中ゼナ諸島に寄港しながらゆっくり進むからね。それこそユビドスに着くまでに数日かかってしまう」ギルベルトが説明を加える。「それに、ニコは反対しなかったじゃないか。むしろ楽しそうって」

「こんなにコワイ人たちだと思っていなかったんですよぉ〜」

 ニコが泣き叫ぶ。

 私たちはいわゆる海賊と呼ばれる連中が根城としている港にいた。リスベールの町から馬で数十分ほど南下したところに人気のない岩場があり、岩の先から海に落ちる覚悟で下を覗くと大きな洞窟がポッカリと穴をあけている。その中が、海賊たちと彼らの商売道具である海賊船の隠れ家となっていた。

 ギルベルトの先導で岩場に隠された通路を通り洞窟まで降りていった私たちは、次の出港に向けて忙しなく準備を進める海賊たちの目の前に出た。

「誰だてめえら!」「どっから入ってきやがった!?」

 叫ぶ彼らにあっという間に囲まれた私たちは、こうして3人仲良く彼らの監視下に置かれているのだ。手首こそ縄をされていないが、岩壁を背に立たされ、武器は取り上げられている。

 私はギルベルトに視線を送った。本当に大丈夫なんだろうな。

 しかし彼は相変わらず笑みを返すだけだった。──本当に大丈夫なんだろうな!?

「近衛部隊の綺麗な兄ちゃんが、このあたしを呼んだって?」

 すると突然、私たちを取り囲む彼らの間からひとりの女性が現れた。

 背の高い女性だった。年齢は40ほどだろうか。腰ほどまである長い黒髪を無造作に後ろで束ね、身体のラインが出る細身のパンツに胸元が大きく開いた服を着ている。しかし胸元から覗くのは鍛え上げられた筋肉だった。腕も腰回りも男と同じぐらい太くがっしりしている。立っているだけで威圧感を感じる人だ。それに何より海賊船の船長のハットを被っている。つまり、このひとが海賊団のボス。

 女船長はギルベルトに気がつくと、切長の目を細めた。

「──って、あんたかい、ギルベルト。久しいね、数年ぶりじゃないか。元気にしていたかい」

「お久しぶりです、イザベラ。お変わりないようで何よりです。──いえ、ますます鍛え抜かれて美しくなられた」

 イザベラと呼ばれた彼女はギルベルトに近づいた。なんだ、やはり知り合いを頼ってきたのか。しかもだいぶ仲が良いらしい。

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。お前さんもますます男前になったね。会えて嬉しいよ──」

 すると突然、イザベラは剣を抜き、ギルベルトの顔の横の壁に突き刺した。

「とでも言うと思ったか!?一体どのツラ下げてここに足を踏み入れやがった、アァ?」

 突然の剣幕に、隣でニコが息を飲む。

 前言撤回。どこが仲良しだ!!

「あの時のこと、忘れたわけじゃねーだろうな!?」

「もちろん覚えてますよ。けどあれは俺のせいではないですし、今日は思い出を語りにきたんじゃないんです」

 ギルベルトは表情を変えずに続ける。

「諸事情で西まで行かなきゃいけなんです。イザベラの船に乗せてもらえませんか?」

 血管がブチと切れる音が聞こえた気がした。

「その口でよく言えたな、んなこと!!あたしは今すぐあんたの首を掻っ切ることができるんだぞ??」

「これこれ、曲がりなりにもリーぺ卿のご子息にそんなことを言うものではないよ、イザベラ」

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