第37話 到着。そして、ククワ砦へ。
元気に手を振ったニコと別れて、ジェラルドとギルベルトは、ユビドスの町の南側を海沿いに走っていた。ジェラルドの愛馬は船に乗せてもらえたため、変わらず安心して身体を預けられる。
「ここからはどれぐらいだ?」
前を走るギルベルトが、見晴らしのいい高台で馬をとめた。
「もう見えていますよ」
指をさす。
眼下には、ユビドスの町がよく見えた。高台は町の南西に位置するようだ。地図で見た通り、町の北側に広場があり、中央に教会が立っている。イザベラの話によると、そこに傭兵ギルド〝カタフラクトス〟のボス、ヘニング・ヴァントがいるらしい。オーギュスト王国の町はどこも似たような造りなのか、教会を中心に南に一本大きな通りが伸びており、町の南側には家々が立ち並んでいた。ただ、最初に立ち寄ったエンデルの町と違うのは、町全体が侘しい雰囲気であることだ。飾り気のない、灰色がかった白漆喰の四角い箱が雑然と並んでいる。誰もが息を潜め、何かに怯えている。ここからでも、そんな気配が感じられるようだった。
「以前とは、随分変わったようですね」ギルベルトが私の目線の先を見て険しい顔で言った。「南の町に特有の活気があったんですが」
ルル王国の国境警備隊との衝突の影響か、特効薬のためか、いづれにせよ、ニコが詳しく調べてくれるはずだ。
私は目線を上げる。北東に見える教会の塔の左手、ギルベルトが指した方向に、砦が小さく聳えているのが見えた。ここからだとかなり距離があるように感じるが、ギルベルトが馬であと数時間だと告げた。気持ちが急いている。
「急ぎましょう」
優秀な部下は私の心中を量って、馬の腹を蹴った。
とてつもなく長い旅をしてきた気がする……。砦の門が見えてきた時、私は述懐した。
オーギュスト王国の首都、グレアムズの王城を出発して二日目の夜。ようやく、目的地に着いた。この世界に来て、三日目の夜になる。まだ三日!元いた世界では、三日なんて瞬きのうちに過ぎ去るのに。目新しいことばかりだと、こうも時の流れは遅く感じるのか。すでに、あちらの世界こそ夢だったのではないかと感じる。
「閣下、お疲れでは?」
ギルベルトが振り向いて、私に尋ねる。疲れていないといえば大嘘だ。今すぐにでもシャワーを浴びて、アラームを付けずに、ふかふかの布団で眠りたい。昼ごろまでだらだらとスマホをいじりたい。だが──。
「問題ない」
一言、返事をする。ギルベルトも頷いて、前を向いた。彼の背中越しに、ククワ砦が見える。
エンデルの町よりも、立派な砦だった。高さはビル10階ほどあるだろう。石造りの無骨な建物が夜の闇に照らされて浮かび上がっていた。無数に配置された塔の見張り台には松明が灯され、忙しなく動く兵士の姿が見え隠れしている。
私は、ギルベルトに気づかれないように、大きく息を吸って、吐いた。手綱を離せないので、頭の中で自分の頬をピシャリと打つ。
さて、ここからが本番だ。
昨日の早朝、ナンシーに叩き起こされ事件を知った。それからククワ砦のクルトから話を聞き、ニコとギルベルトと共に城を発った。全ては、ルル王国とオーギュスト王国の衝突を回避するため。この地で、ルル王国国境警備隊と傭兵ギルド〝カタフラクトス〟の衝突を治めるために。
ここからは、私の判断ひとつひとつが、この国の運命に直結する。
大きな鉄の扉の前に辿り着く。私たちは馬を降り、警戒する兵士に近づいた。ギルベルトが剣を腰から抜き、紋章を見せる。
「近衛部隊第1分隊長ギルベルト・ジュリアス・フッガー。ノンフォーク公爵閣下の命で参上した。急ぎ、ザイフォルト少佐にお会いしたい」
今、門が開く。
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