第38話 内面は外面に出る。

 ククワ砦には2つの部隊が駐在している。1部隊は10個の分隊からなり、1分隊は分隊長含め6人構成のため、総勢120名の兵士が砦に詰めていることになる。

 ギルベルト・ジュリアス・フッガーのような、分隊をまとめる分隊長がいるのと同様に、部隊にも隊長がいる。兵士長と言われるその役職は──なお、ギルベルトの上官に当たる近衛部隊の兵士長はフォーガスだ──は、まさに1組織の長だ。本物のジェラルドが書いた論文原稿に記載してあった内容から推測するに、ほとんどの拠点は1部隊で組織され、編成も部隊単位で行われるようだ。

 ただし、国の要となる拠点などでは、1部隊では心許ないため、2部隊以上で組織されることもある。ここ、ククワ砦もその一つだ。なお、このような拠点は他に2つ存在するらしい。そうやって2部隊以上で構成された拠点には、兵士長たち率いる部隊を束ね全体を総括する少佐が配置される。

 あっちの世界でいうと、分隊長は係長、兵士長は課長、少佐は新人部長って感じか……。

 組織体制を考えながら、ギルベルトの後ろを付いていく。砦の兵士に案内されて、私たちは古い石造の廊下を歩いていた。螺旋状になった階段をいくつか登り、何度か短い渡り廊下を抜けたところで、比較的広い部屋に通される。

 そこに、細身で長身の男が待っていた。肌の色は青白く、少し灰色がかった髪に、狐のような切長の目。陰険そうな見た目の男だ。──こいつがザイフォルト少佐?

「シラー兵士長、グレアムズ王城からの使者をお連れしました」

 案内をしてくれた若い兵士が、予想とは違う名前で目の前の男を呼ぶ。二人いる兵士長のうちのひとりか。

 シラー兵士長は案内役を見向きもせず、「下がれ」とだけ口にした。横柄な口調。どうも気に食わない。少なくとも、第一印象では好きになれなさそうだ。

「ククワ砦第一部隊兵士長のシラーだ」

 兵士が出ていくと、シラーと名乗る狐目の男は私たちに向き直って言った。

「近衛部隊第一分隊長のギルベルト・ジュリアス・フッガーです。こちらは王城付行政官のミハイル・マイアーどの」

 ギルベルトが自分と私をそれぞれ紹介した。私もそれに合わせて目礼をする。すると、目の前の男は隠すことなく顔を顰めた。

「行政官だと?せっかく我が隊からとはいえ遣いを出したというのに、やってきたのはたった二人、そのうち一人は兵士ですらないとは。中央は一体何を考えているのか」

 眉根を動かしかける。ここにいたのがギルベルトではなくニコなら、突っかかっていただろう。そのギルベルトでさえも、私に目で訴えかけた。首を振る。わざわざ相手の土俵に立って喧嘩してやる必要はない。しかし、ここでこの男が出てきたということは──。

「ザイフォルト少佐はどちらに?」

 ギルベルトが嫌味を無視して訊くと、想定通りの回答が返ってきた。

「少佐は先日の国境騒ぎの際に怪我を負われた。面会できる状態ではない。今は代理で私がこの砦の指揮を執っている」彼は細い目をさらに細めた。「……どういう目的で来たのかは知らないが、中央が兵を派遣してくれないとすれば、我々だけで今回の件に対応する必要がある。ここでは私の指示に従ってもらう」

 やはりか。こんなことなら署名付の書類でも持ってくるんだった。

「シラー兵士長」私は一歩前へ出る。「お言葉だが、我々はノンフォーク公爵閣下からの直々に命により、事件の収束をはかるため派遣された。事態がギルドと国境警備隊の諍いでおさまっている今、閣下が軍を動かさない理由は貴公にも明白かと思うが。それに──」私は一番カチンときた彼の言葉を訂正する。「ザイフォルト少佐が王城まで遣わせてくれたクルトは、まさに命懸けで務めを果たしてくれた。砂嵐に見舞われた兵は、視力と引き換えに我々に情報を提供してくれた。どちらも立派なオーギュスト王国の兵士だ」

 さすがのシラー兵士長にも、この言葉の意味は理解できたようだ。わかりやすいほど狼狽えはじめる。だが、出てきた言葉はどうしようもないものだった。

「い、い、い、いち行政官のくせに、偉そうな口のききかたをするな!それに、お前たちが公爵閣下から派遣されたなどといった、そう、証拠、証拠だ!どこにあると言うのだ!」

 内心、呆れてため息をつく。

 証拠、ねえ……。まあ、ない。けど、ここはしらばっくれよう。

「王城から書簡が届いているはずだが?」

 私はシラー兵士長の目を見据えて、堂々と言い張った。

「そ、そんなものは受け取っていないぞ!」

「東の砂地で発生している砂嵐の影響で、到着が遅れているのかもしれませんね」

 成り行きを見守っていたギルベルトも参戦する。

 ちょうどその時、先ほど案内してくれた小柄な兵士が部屋に入ってきた。

「シラー兵士長、グレアムズ王城から書簡が届いております」

 兵士長がぎくりと肩を跳ねさせる。

「あ、後にしろ!今は客人と話を──」

「ノンフォーク公爵閣下のご署名がなされておりますが、よろしいのでしょうか」

 シラー兵士長の青白い顔は、死人のようにさらに色を失った。

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